相手はただ顔を顰めただけなのだが、顔の作りの所為で雰囲気に凄みが増したのだ。

美人怖い。心臓に悪い。

「冗談じゃない。誰が女なんぞに」息がひっくり返ったまま戻らないサノトを差し置いて、アゲリハが謎の一言を放つ。

そこに疑問を持つ前に。

「女は嫌いだ。気色が悪い。私の運命の人は男だ。それ以外に有り得ない」

有り得ない、の部分で、頭の中がぱっと破裂して、笑える程真っ白になってしまった。

運命の人は男。運命の人は男…。何回も繰り返し言葉を反復させ、次第にだらだらと汗をかく。

…つまり彼はホモなのだ。その手の人が、今目の前に居るのだと、やっと理解と息を飲み込んだ瞬間「うえぇええぇええ!」大声で叫び、背を思い切り壁にへばりつけた。

なんだそれ!俺には刺激が強すぎる!勘弁してくれ!

「サノト?」

「……っ!」

挙動不審になったサノトに、アゲリハが近づいて手を伸ばしてくるが、咄嗟にその手を振り払ってしまった。

すると、驚く素振りを見せたアゲリハが、意味深な早さで顔を俯かせた。

俯いた彼の隙間から、息の漏れる音がする。その姿に、先ほど、座り込んで泣いていた彼の姿を思い出し、ずきりと、今更良心が痛んだ。

後悔に苛まれるサノトの傍らで、アゲリハがゆっくりと顔を上げた。

その顔には、悲惨な涙が…何処にもなくて吃驚した。

「あははは!」彼はむしろ、息が漏れるほど笑い転げている。

状況に躓いたサノトは、唯アゲリハの顔を眺める事しか出来なかった。

「サノト、お前が案ずることは無い。私が好きになるのは男でも、お前という訳では無い。それに、すまないが、私は不細工な顔は好みじゃないんだ」

「………」

「その顔で自分の貞操を案ずるのは私に失礼だぞ?だから、安心して、肩の力を抜いてくれ!」

「………」

さっきまで、寒気と鳥肌が湧いていた筈なのに、アゲリハの弁解もどきを聞いた途端、鳥という鳥が全てぶっ飛んだ。

振り払った相手の手を逆に掴むと、片方の手を振り上げ「調子に乗るな!」と叫び飛ばす。

拳を振り下ろした相手の顔面からは、それはそれは、大層派手で良い音が響いた。

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