暫く歩いていると、目の前から小学生くらいの子供が全速力で自転車を漕いできた。

恐らく、明日から連休なので、今のうちからはしゃいでいるのだろう。

それをぼんやり眺めながら、…俺も、はしゃぎたかったなと呟く。

思い出した空しさが、ぽとりと足元に落ちた。






帰路に流れる見慣れた景色は、のどかとも、田舎とも、都市とも言えない、中途半端な眺めだった。

サノトは所謂、仕送り学生という奴で、本来帰るべき故郷はもっと遠くに存在していた。

この歳で実家を離れたのは、今までひとりになる時間がずっと少なかったので、憧れの「ひとりぐらし」を、この機に満喫してみたかったからだ。

昔、親が暮らしていたという町を見て見たかったのもある。

家事がそれほど苦痛では無かったので、サノトにとって一人暮らしは想像以上に楽しいものだった。

なにより、誰にも束縛されない解放感がある。

けれど、こんな日は、友人には遠慮しても身内には縋りたい。そんな勝手な気分が、ふつふつと湧いていた。

アパートに辿り付くと、響き渡らない力で階段を昇った。扉の前迄辿り付くと、寂れた佇まいに良く似合う鍵を押し込み、中に入り込む。

近くに置いてあった座椅子に座ると、少しの間ぼぅっと壁を眺めてから…ぐっと息を詰めた。

ぱたん!と、前のめりに倒れ込む。顔面を綺麗に打って叫びそうになったが、鼻を押さえて俯き、蹲って耐えた。

暫く、その格好で床に転がっていたが、その内横倒れに向きを変えると、手を目元に移動させ、ぐっと力を込めた。

友人の手前、そこが緩まないように気を付けていたが、ひとりきりになった途端、箍が外れてしまった。

結局、目尻から少しだけ溢れた液体を掌で受け止める。

男の癖に情けない。でも、こんな時は、男も女も関係ないと思いたかった。

浮かべないようにしていた彼女の顔が、ふっと瞼の裏に映り込む。目元を押さえていた手を、両手に差し替えた。

その時、空気を読まない音が辺りに鳴り響いた。倒れた際に零れ落ちたサノトのスマホが、着信を知らせているようだ。

「こんな時に誰だよ…」泣くに泣けず、気分だけ落ちたまま、サノトは画面を点灯させた。そして、がっ!と顔を歪ませる。

画面に表示されたのは、誰かの用事では無く、どこぞの定期広告だったのだ。

思わず「こんな時にくるな!」ソレを向こうにぶん投げてしまう。

動いた拍子に、今度は腹から間抜けな音が響いた。何時もならば夕食どきなので、空腹が着信を知らせたのだろう。

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