脈絡のない誘いに乗って、なんとなく視線を上げると、フェンス向こうにある桜を見つめた。

確かに、桜の色は程よく明るく。見頃を迎えたその姿は人の気持ちを浮かせる何かを放っていた。

じっと桜を眺めていた最中、ぱんぱん!と、突然鈴木が肩を叩いてくる。

「おい見てみろ!あれも春っぽくね!」からかい交じりに、今度は、桜からもっと右に逸れた場所を指さした。

鈴木が「あれあれ!」としきりに促してきた場所には、随分キテレツな格好をした男がうろついていた。

遠目でも分かる奇抜な風体は、例えるならば真っ赤なカラスのようだ。

男は、辺りをぐるぐる歩き回りながら色んな人に声を掛けていた。そういう類の変質者なのだろう。

物珍しさから数秒見つめていたが、あまり関わりたくない気持ちが上回ると直ぐに目を逸らした。

「ああいう変な奴が湧くのも春だろ?あったかくなると皆活動的になるんだよ。良い季節なんだかそうでも無いんだかな」

どうなんだろう。とりあえず、変質者にとっては、気持ちの良い季節なんだろうな。

「でもさ、良かったと思うよ?」

「え?なにが?」

「お前、頑張ってたから言わないでおいたけど…、そろそろ、彼女に振り回されるの、限界だったんだろ?だから、喧嘩になったんだろ?」

「そ…!そんなことない!俺が限界とかじゃない!俺は美紀のわがままな所も気まぐれな所も可愛かったんだよ!喧嘩したのだって、もっと些細な事で…っ」

「へんなの」

「…え、なにが?」

「普通さ、顔も見ずに別ればなし振って、速攻で別の男とべたべたくっついてる女、とっくに切れてる所だよね?それなのにさ、何でか、お前ってば、庇ってるんだもん」

「えっ、…いや」

「なんだよその顔、いま気付きました!みたいな?」

「………」

「おいおい、鈍いなぁ。…おーい、サノトー、大丈夫ー?顔真っ青だよー?…さーのと!」

「ぶっ!」

突然、鈴木に頭を叩かれた。何をするんだ!と目線を上げれば、怒ったような顔をした鈴木と目が合う。

「そんなしけたツラしてんじゃねーよ!」その顔のまま、鈴木が上から叱りつけてきた。

「ていうかさ、お前から彼女のはなし聞く度に思ってたけど、お前にこんな顔させる女なんて、やっぱ別れて正解なんだよ!」

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