「風景画は分かりますけど、ちゅうしょうがとせいぶつがってなんですか?」

「解釈は多岐にわたりますが……簡単に言うと、抽象画は写実的ではない絵のことで、静物画は静止している物の絵のことですよ」

「へええ」ひとつ。いやふたつ勉強になった。

「そういえばこの前、個展会場でアゲリハと一緒にリンゴの絵を見てた時に、どうしてリンゴ描いたの?って聞いたら、描いてた時に甘酸っぱいものが食べたかったんだって、アイツ言ってましたよ」

「そういうところがあるんですよねぇ、あの人」

「そういうところがあるんだなぁ、あいつ」

「「ははははは」」

共通の知人と絵を肴にして、二人静かに盛り上がる。

途中で珈琲も運ばれてきて(ガィラさんはどうやら、サノトと同じく砂糖なしのブラック……いやホワイト派らしい)、それを飲みつつ更に画集を楽しんでいると。

二冊目を見終わった頃。

「つかぬことお聞きしますが」不意に、ガィラがカップを置いた。

「サノト君。君は異邦人だそうですね」

突然、ガィラがサノトの事情を切り出してきた。

びっくりして、取り落としそうになった本を慌てて持ち直す。

「そ……うですけど?」その通りなので「はい」としか言えず、そのまま答えると。

「本当にそうなんですね」ガィラが、困ったような、けれど笑っているような顔を浮かべた。

「いえね。アゲリハ様からかねてより、そういうものがあるとは話に聞いていたんです。同じだけれど違う場所に存在する世界があるんだと。
それを渡るための道具があるんだと。
ただ、あまりにも現実味のない話でしょう?ですからそれは、私にとって空想のようなものでした。
なまじ存在するとて、私の人生には関係のない話だろうと」

けど、実在するんですねぇ。そう言って目を細めたガィラに、じっくりと眺められる。

「世界がある。というだけでなく、私たちとほとんど同じ生き物が存在し、こうしてなんら障害なく交流を果たしている。
サノト君。これはおそらく、君が、ましてや私が思っている以上に途方もないことなのでしょう」

「そう……なんですかね?」当事者だから、なにがどう途方もないのかよくわからない。

ただ、サノトは不思議な車に乗り込み、便利なネックレスとメガネでこちらの文化を楽しんでいるだけだ。

「すごいことなんですよ。きっと。
星の光が遠くにあることよりも、ずっとずっと凄いことだ」

どこか夢見る声で、ガィラが再びこちらに目を配る。「サノト君。私は、その遠いものがあまりにも近づきすぎたせいで、空想から欲を得てしまったようです」

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