アゲリハの車が発進し、しばらくして個展会場近くに停まると。

「それじゃあ私は適当に買い物をしてくるから。ゆっくりしていると良い」迎えにきてもらう時間だけを決めて別れた。

サノトは個展会場に入ると、小遣いでチケットを買い、中に入った。

絵画は、以前と全く同じ配置で飾られていて。それを、今度はサノトひとりで、ひとつひとつじっくりと見て周った。

短い距離を何十分もかけて歩き、最後に自分の名前がついた絵の前に立った。

相変わらず、自分の名前がついていて恥ずかしい。とは思ったものの、実を言えば、サノトはこの絵こそ一番に気に入っていた。

初めは、なぜ一面の青に塗りつぶしてしまったのか。単純すぎやしないかと思っていたのだが、これが不思議と、色を眺めている内に気持ちが落ち着くのだ。

まるで、波の無い静かな海。もしくは、雲のない秋空を見ているような気分になる。

そこまで考えてから、不意に合点を得た。

……そうか。俺はアゲリハの絵の色合いが好きなのかもしれない。

どの絵も優しい色をしている。まるで描いた本人のように。

そこが気に入ったのではないかと、サノトが自分の好みを推察していた時。

「おや?サノト君じゃないですか」

後ろから声をかけられた。振り向くと、個展主であるガィラが出入り口傍に立っていた。

「どうも」頭を下げかけて、やめる。代わりに片手を上げると。「はいこんにちわ」ガィラが綺麗な笑顔で、同じように手を上げた。

「個展、遊びに来てくれたんですね。有難う御座います。
アゲリハ様はご一緒ですか?」

「いえ。俺ひとりで来ました」

「そうですか。恋人つきでも、いらしては頂けませんでしたか……」

「いや。一度は一緒に来たんです。個展が始まって三日目くらいに。でも今日は俺一人で来たんです」

「おや?どうして」

「一人でじっくり見たくて」

個展、すごく気に入りました。と言えば、「それはそれは!」個展主がぱっと顔をほころばせた。アゲリハの絵をほめた時と同じような反応だ。

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