一面に一枚だけ飾られているのは、画面いっぱいに青の塗られたあの絵だった。
題を見ると、あの日アゲリハが名付けた通り「サノト」と書かれていた。
「俺の名前、ほんとに使ったのかよ」うやうやしく飾られた絵と自分の名前を交互に見比べ、ついつい笑ってしまう。
「そうだぞ。お気に入りの題だ」アゲリハが満足そうに頷く。
「恥ずかしいなぁ、自分の名前がついた絵なんて」
「そんなことを言ったら、自分の描いた絵を他人に飾られて眺めている私はどうなるんだ」
「あ、そっか」
じゃあお互い恥ずかしいね。という方向で、笑いながら決着がつく。
それから、他の絵も数十分かけて楽しむと、アゲリハとサノトは個展を後にした。
帰り道。アゲリハが「ここの焼いた肉とそのガラで味をとったスープがおすすめなんだ」と薦めた店に入り、今日の個展と食事を楽しく腹に収めると、ついでに買い物をして家に帰った。
それから二週間後。
「なあアゲリハ。今日ちょっと車出してもらえないかな?」
「構わないが。どこに行くんだ?」目的地を尋ねられ、サノトはすぐ「もう一回お前の個展に行きたい」と申し出た。
呆気にとられたらしいアゲリハが、「なぜ?」再度尋ねて来る。
「なんとなくね。また行きたくなってさ」
個展はあと数日で終わってしまうらしいので、見に行くのなばら今の内だ。
「俺、二回見るほどお前の絵が好きみたいだよ」
サノトが感じた「なんとなく」を、少ない語彙でなんとか表現してみると、それを聞いたアゲリハが途端、相好を崩した。
「私は果報者だな」
「なにが?」
「恋人に趣味を褒めてもらった」
だから嬉しい。そう言って素直に喜ぶアゲリハに対し、赤面しそうになった。
この人は時折とてもストレートにものを言う。そこがちょっと厄介だなと思う。
それはさておき。
サノトの申し出を快く引き受けたアゲリハが、個展の近くまで送ってくれるというので、有難くお願いして車に乗り込んだ。
36>>
<<
top