そして、三人でアトリエの中に入るなり。「おお……!」ガィラが我先にキャンバスへと駆け寄った。

まるで飴を見つけた子供のように、イーゼルに立てかけられた絵をじっくりと眺める。

「……これはこれは。大きく変えてきましたね」

画商に「大きく変えられた」と称された絵は、サノトから言わせてみれば「シンプルな出来」の一言につきた。

なにせ、キャンバスの上には「青色」のみが塗られていたからだ。

多少、上が明るく、下が暗い青色で塗ってはあるが、それ以外はなんら変哲のない青一面。

サノトが覚えている限り、アゲリハはここしばらく風景らしきものを描いていたのだが。

一週間前。なにを思ったのか、それを突然真っ青に塗りつぶしてしまったのだ。

下地に青を置いて、その上に絵を描くのならわかるけれど、その逆をする必要がどこにあったのか。そこになにか意味があるのか。

「アゲリハ様。あえて絵を塗りつぶした意味があるのでしょう?教えて頂けませんか」サノトの疑問を、そのままガィラが口にすると。

「昔のことを思い出したんだ」抽象的な答えが返ってくる。

ガィラが一瞬、大きく震えた。

「思い出したといっても、ほんのささいな一面なんだ。
どうしてそこにいたのかとか、そこでなにをしていたのかとかは思い出していない。
ただ、懐かしくてきれいな景色を思い出して、それを絵に描きたくなったんだ」

「塗りつぶしたのは?」

「もう必要ないんだなと思ったら、なんとなくな」そう言って、アゲリハはなぜかサノトを見た。

「なるほど。……アゲリハ様の過去の絵か。これは貴重だ。
肝心の絵が青色に埋もれてしまうのは惜しいですが、それはそれで……」

「別に、もう描いて満足したから上の絵具を削ってもいいぞ?」

「削りませんよ。そんなことをしたらこの絵の真価が台無しでしょうが」

まったくこれだから描いた本人というのは無頓着でいけない。

そんな文句を、ガィラはアゲリハにああだこうだとひとしきり並べたあと。

「ところでアゲリハ様。話は変わりますがね」満足したところで切り替えた。

「この絵の題をお聞きしたいのですが、おつけになられましたか?」

「サノト」

「はい?」突然呼ばれたので、アゲリハの方を振り向くと。「いやいや。サノトを呼んだんじゃないぞ」ちがうちがうと、ジェスチャーされる。

「この絵の題にサノトの名前をつけたんだ」

「ええ?なんで?」

「そういう絵だから」

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