不思議に思い、相手とアゲリハの顔を交互に見ていると。サノトの疑問に気づいたらしい相手が、サノトに苦笑を見せてきた。

「アゲリハ様にいつも渡しているんですけれど、一度もいらしたことがないので。不躾ながら恋人の手にゆだねました」

「そうなんですか。
なあアゲリハ。なんで自分の絵を見に行かないの?」

「べつに。私にとって絵というのは趣味と発散の手段であって、他人がそれを額に入れて飾ったものをわざわざ見に行くものじゃないからな」

「私としましては。私の趣味と発散はまさに、アゲリハ様の絵を額に入れて飾ることなんですがね。
せっかく飾ったなら是非、それを本人に見ていただきたいんですけど、この通りなかなか来て下さらないので」

恋人連れならば来て下さるかもしれないというはらづもりです。とあけすけなことを言って、画商はにっこりとほほ笑む。

「なるほど。
よしアゲリハ。せっかくだし今度いっしょに見に行こう」

「ええー」

「デートしようぜ」

「……デートか。それなら仕方ないな」

「くっ、」

サノトとアゲリハのやりとりを見ていた客人が、その内声を出して笑い、「あててきますねぇ」こちらをからかってきた。

そんなつもりはなかったのだが。

「そういうつもりがないって顔をしていますけれどね、サノト君。
無意識が一番の惚気ですよ」逆にまぜっかえされてしまった。

ひとしきり笑い終えると。

「それじゃあ今度こそ帰りますね。お邪魔しました」

ガィラはそう言って、再び目の前を去って行った。

彼が帰路につくのを見えなくなるまで見送ったあと、中に入って玄関の扉を閉めた。と同時に「お腹が空いたなぁ」隣でアゲリハが、うんと縦に伸びあがった。その顔に振り向く。

「喜べ。すっからかんだった冷蔵庫の中身をさっき買ってきてやったぞ」

「わーい。ありがとうなんだぞー。お礼に今日の夕飯は私が作るんだぞー」

「いやいや。お前手が絵具まみれだよね?」

「ああ。そうだった」

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