「……あ、そういえば。アゲリハの絵を買っていく人が一人だけいるって前に言ってたね」

「そうだ。その物好きがこいつだ」

「物好きとは随分ないいようですね」

「買った絵を売らずにとっておく画商のどこが物好きじゃないんだ」

「語弊ですね。私が売らない絵はアゲリハ様のものだけですよ」

そう言って、彼は持っていた絵を大事そうに膝へ戻すと、どこからか大きな布を取り出し絵を包み始めた。

布にくるまれた絵は、丁寧なてつきで椅子の脇に置かれた鞄にしまわれた。

一連の動作を終えると。「さて。話を戻したいのですが」彼はアゲリハに向き戻りながら、目の前に置かれたカップを手にとった。

「アゲリハ様。今描いていらっしゃる絵はいつごろ完成されるのでしょうか?」

「来週には終わるかな。だがあれは売らない。うちに置いておく」

「おや。珍しいですね」

「うん。ちょっとな」

「今度の個展のためにお借りするということは出来ませんか?」

「構わないぞ」

「有難うございます。では、個展が終わり次第お返しするということで」

それから、アゲリハと客人は絵のことについて話し合い、しばらくして、時計を取り出した客人が、「そろそろお暇します」鞄を掴んで席を立った。

「お邪魔致しました。また来ます」

サノトとアゲリハに玄関まで見送られた客人は、さっと、挨拶に手を上げ、踵を返して去っていった……かと思いきや。

「あ、そうそう」途中、振り返ってこちらに戻ってくると、鞄の隙間からなにかを取り出し、サノトの方へ差し出してきた。

それは表に印刷のされた、細長い二枚の紙切れだった。

眼鏡を取り出し印刷内容を確認しようとするよりも早く。「アゲリハ様の個展のチケットです」と説明された。

「来月、私が所有しているギャラリーで開催するんですよ。良ければいらしてください」

おお。それは是非とも見に行きたい。が、なんでアゲリハじゃなくて俺に渡してくるんだろう?

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