入ってすぐ。「いらっしゃーい!」カウンターの奥から店主の明るい声が響き渡った。
そして、店主は、入ってきたのがサノトだと分かるなり。「あれ?サノトくんじゃないですか」親し気な様子で駆け寄ってきた。
「珍しいですね。いつもはアゲリハさんといらっしゃるのに」
「うん。今日は俺ひとりで買い出しに出てるんです。
ところでオギさん。パン買いたいんですけど、まだあります?」
「数は少ないですけど、まだありますよ」
店主ことオギの店は、喫茶店だがパンの店頭販売もしている。
これがなかなか人気の品で、下手をすると午前に売り切れていたりするのだが。今日は少しおこぼれがあったようだ。
オギに頼んで、その数少ない残りを全部袋に包んでもらうと、お小遣いでそれを買い、サノトは礼を言ってオギの店を出た。
今日は彼に、このパンを差し入れよう。
彼はこの店のパンが好きだ好きだとよく言っているので、きっと喜んでもらえるだろう。
そんなことを思いながら、残りの帰路を消化していると。
「あれ?」ようやくたどり着いた扉の前で、サノトは不意に頓狂な声を上げた。
二階にあるアトリエの照明が消えて、代わりにリビングの照明が点いている。
いしばらく籠城するかと思いきや、早々に切り上げたようだ。
「ただいまー。
アゲリハー?めずらしいね。今日はもう描かなくていいの……」
ふさがる両手を器用に使い分け、家の中に入り、リビングにいるであろう彼に声をかける最中。「あれ?」首をひねる。
玄関に靴が一足増えていたのだ。
アゲリハのものではない。どうやら来客があったようだ。
……誰が来たんだろう。
荷物をいったん廊下に置くと、サノトは明りの灯るリビングの前に立った。そして、扉をちょっとだけ開けて、そっと中を覗く。
リビングのソファには、案の定アゲリハが座っていた。あちこちを絵の具で汚したままの恰好で、楽しそうに談笑している。
談笑相手は、一人掛け用の椅子に座った客と思しき男だった。
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