そして、元の彼女に「そういうところがつまらない」と言われた過去を思い出してしまい、悲しくなってくるが……いやいやと、首を振って持ち直す。

己の価値に嘆くなと、他でもない彼が言ってくれたのだ。

あの言葉に救われたことを俺は忘れてはいけない。

「アゲリハ。朝食ここにおいておくから」

持っていた朝食を傍の机に置くと。「ありがとうー」絵から目を離さないまま、彼が生返事で答えた。

ついでに、アゲリハが絵を描くところを眺めながら自分もアトリエで朝食を完食すると。自分の食器を下げる傍ら。買い物に行きたいから財布を借りていいかと尋ねた。

「いいぞー」

「ありがと。じゃあ借りてくね」

承諾を得ると、一階に戻って身支度を始める。

冷蔵庫の中が空っぽになっているので、今日の昼夜、そして明日の分もかねて、それなりの食材を買い込むつもりだった。

買い物は最近、アゲリハの付き添いなくひとりで行けるようになってきた。

魚と乳製品はないし、トーイガノーツにしかない食材は「なんだこれ」という表記で見えるのが多少難点だが、それさえ目をつむれば、買い物はサノトの国とさほど変わり映えがなかった。だから、自然と覚えることが出来たのだ。

アゲリハの自宅から一番近いマーケットに赴いて、食材をあれこれ買い込むと、両手いっぱいに袋を携え、がさがさ音を立てながら帰路についた。

荷物の重みで、時々姿勢が傾きながらも、時間をかけて帰宅する途中。

道の曲がり角でふと、横目に見えた店の前でサノトは足を止めた。

この店はサノトが初めてトーイガノーツに来た時、アゲリハが連れて行ってくれた喫茶店だった。

パンと珈琲の美味しい店で、今でも頻繁に、アゲリハとここを利用している。

サノトは一旦、道の半ばで荷物を下ろすと。アゲリハに借りた財布ではなく、自分の財布を取り出した。

この財布はトーイガノーツ用に買ったもので、中には、アゲリハがお小遣いとしてくれたお金が入っている。

財布の中身をあらためてから、再びしまい。荷物を持ち直すと、サノトは店の中に入り込んだ。

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