「少し描けるようになってくるとな、途端自分への期待値が上がって、それと比例して描きたいものの理想も上がってしまったりするんだ。
けれど、勘違いをしてはいけない。描きたいものと、今描けるものは違うんだ。そこに到達できないと、イライラして投げ出しては本末転倒だ。
描きたいものはとりあえずおいておいて、描けるものを少しずつ、ゆっくり描いてみると良い。そうすれば、いずれお前の描きたかったものが目の前に現れるようになる」
なるほど、そんなもんかと、サノトは投げ出しそうになったスケッチブックを取り戻しては、「じゃあ俺は何を描いたらいいかな?」と彼氏に尋ねてみる。
「そうだな、これなんてどうだ?」アゲリハは、サノトが今描けるものを分かっているので、ちょうどいいものを選んでは渡してくれる。だからといって、サノトが無謀に挑戦するのを止めたりもしない。
そんな彼の物腰を見ていると、確かに、趣味とは欲しいと思ってすぐに手に入るものではないのだなと、サノトは納得するのだった。
ちなみに、サノトがお絵かきの趣味を始めたことについて、サノトとアゲリハとは別に、大喜びしている人がひとりいた。
ガィラだ。
相変わらず、彼は時々アゲリハの家にやってきては絵を買っていき、そしてアゲリハとサノトとお茶を飲みながら世間話をしていくのだが。
その際、「俺も絵を描き始めたんだ」と言ってみたら、「それは良いですね!」と激しく同意してもらった。
「私にも見せてくださいね、サノトくん」
「えー、恥ずかしいなぁ」
「そしてある程度飾れる技量になったら買わせてください」
「えっ!?いやいや買ってもらえるほど上がる気がしないよ!?」
「いえいえ。アナタの付加価値は技量の高さにはありませんよ。むしろほどほどからは上がらなくてよろしい。そのほうが、アナタの芸術は私が独占できるのですから」
「どういうこと??」
「異邦人の絵がこれからたくさん手に入るかもしれないなんて、うれしいなぁ、という意味ですよ」
「うん??」
「ガィラ、これがサノトのスケッチブックだ。見るか?」
「みますみます!!」
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