机の上には、スケッチブックと思しき冊子がひとつ。鉛筆らしきものが数本、消しゴムに似たものがひとつ。すべてアゲリハのアトリエでよく見かけるものだ。

「これがどうしたの?」

「お前にやろう」

「え?これを?」

「そうだ。趣味が欲しいというのなら私の持ち物を分けてやるから、挑戦してみると良い」

「あー……なるほど」恋人の趣味に染まるという言葉の意味を、ここでようやく飲み込む。

「絵か。……考えたこともなかった」彼氏が日々絵を描き、先日は画商を美術展にも誘ったくせに、自分のことに置き換えられないところが、自分の想像力の乏しさだなと自嘲する。

そんな風で絵なんて高尚なものが描けるのだろうか。

そもそも、絵画に描く方で触れるのは学生以来だ。

「考えるより慣れろだ、サノト」アゲリハがいったんアトリエを出て、階段を下りていくと、数分して「これを描くんだぞ!」サノトの世界のリンゴを持ってきた。いつのまに買って、こっちに持ち込んだのだろうか。

アゲリハは、持ってきたリンゴを机の上におくと、それをサノトを交互に指さして、「サノトはあのリンゴを描いて、私はリンゴを描いているサノトを描く」と宣告する。

「ええ。まじかよ」

「まじだぞ」

はいともいいえとも言わぬうちに、用意された画材一式を渡され、流されるままお絵描きが始まった。

真っ白な紙の上に、書き写せと言われてもどうやってやればいいのか途方にくれるサノトに、時々アゲリハは自分の手をとめ近づくと、「好きに書けば良いんだぞ」とか「書きにくいなら、こう、鉛筆を立ててだな」など、サノトのやりやすいようにアドバイスをしてくれる。

「見慣れたものでも、描くってなるとすごく難しいね……」

「だから面白いんだぞサノト。初めてやってすぐに出来るものなぞ趣味にはならん。少なくとも私の場合はな」

「なるほどね……ところでリンゴの表面ってどう描けばいいの??」

「それはだなサノト。濃さの違う鉛筆を使ってまず明るいところから徐々にこう……」

――――懇切丁寧な説明のおかげか、かけた時間が膨大だったおかげか。

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