だから、振り向かない俺はこのあと彼女に捨てられるのだ。

「俺」じゃない俺は、それを他人事として見た時に、ああ、そっかと、ひとり合点していた。

俺は、「俺」を捨てた彼女を一方的に悪者だと決めつけていたけれど。

彼女の不満にちっとも気づかないで、背を向けたまま、このまま同じ時間が続くんだと信じていた俺もきっと悪かったんだ。

そういうところに気づけないから、俺はつまらない人間なんだ。

『そんなことはないぞ』

ふと、後ろから俺でも「俺」でも彼女でもない声が聞こえた。その声の持ち主は、俺が振り返る前にそっと俺を抱きしめて、耳元に頬を寄せてくる。

『つまらないことは本来美しいことだ。
自分が優しいひとだということを、忘れないで欲しい』

聞き覚えるのある優しい言葉に胸がしめつけられて。

俺は、今度こそ、傍にいる誰かに捨てられたくないと思った。






「おはようサノト」

「……あれ、アゲリハ?」

目が覚めると、サノトのベッドの脇にアゲリハが座っていた。どうやらサノトの頬を撫でていたらしく、その感触で目が覚めたようだった。

普段はそんなことしないのに、なんで今日に限ってひとの顔を撫でまわしているんだ。と思いきや。

自分が頬が濡れていることに気づいて、ますます「あれ?」と思った。

「うなされていたぞ、なんの夢をみていたんだ?」

先ほどまで見ていた夢の内容を問われたので、思い出そうとしたが、上手くない用が思い浮かばなかった。

とりあえず、「アゲリハがいたきがする」思い出せたかけらだけを伝えると。

「なんだ?私はお前の夢で、お前に乱暴でも働いたのか?」くすくす笑われた。

「ううん」ベッドから半身を起こしながら、サノトは眠気払いのついでに首を振って、言った。

「やさしい夢だったきがするよ」



サノトが起きて着替えている内に、アゲリハはサノトのキッチンに立って朝食を作ってくれていた。

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