隣の椅子には、今回の美術展のカタログらしき分厚い本が置かれていて、サノトはなんとなしに、それを手に取りぱらぱらとめくり始めた。

カタログいわく。この美術館を埋め尽くすほどの絵を描いたのは、200年前にサノトと同じ国で生きていた、由雪という男なのだという。

彼が成し遂げた功績や筆の仔細など、カタログには絵付きで事細かに説明が施されていた。

それを斜め読みしながら、サノトが思ったことはただひとつ。

200年経ってなお、自分の絵が飾られるなんて、きっとこの人は思いもしなかっただろうな。

「なにをしているんだサノト?」

向こうで絵を眺めていたアゲリハが、休憩しているサノトに気づいて隣の椅子に座った。「美術展のことが詳しく書いてある本読んでた」ありのままを伝えると、アゲリハは「そうか」と言って、サノトが眺めていた本を覗き込んだ。

「なあアゲリハ。この由雪って人さ、自分の絵が200年後も飾られるなんて、描いた当時はきっと思わなかったよね」

ついでに、さきほど思ったことを聞いてみると。

「そうだな。しかし、残ればいいなとは思ったと思うぞ。どれだけ後世に褒め称えられようと、描いた当時の本人は、結局ただの人だからな」

なるほど。確かに。

残る訳がないと思う反面、残ったらいいなとは確かに思いそうだ。

彼氏の頭は柔軟だなぁと、サノトはここでも、つくづく思い知るのだった。



美術展は二階分の面積を使われていて、全て見終えるのに三時間ほど費やした。

立って絵を見て、時々椅子に座って休憩して。を、繰り返すだけなのに、見終えた直後にやたらと「つかれた」と思った。多分、慣れないことをしたからだろう。

サノトが見終える頃にはアゲリハも展示室から出てきて合流できたが、ガィラは、それから20分待っても30分待っても、展示室から出てこなかった。

40分待ったところで「さすがにおかしい」とサノトは思い、アゲリハといえば、嫌そうに顔をしかめていた。「あいつめ」などと、展示室の方を見ながら忌々しそうにしている。

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