そして、「……異世界の、美術展、ですか……」ガィラはひと言つぶやいたきり、チラシを凝視したまま黙り込んでしまった。

沈黙が流れたガィラとサノトの間に、「なんだサノト。それは私を先に誘うのが筋じゃないのか?」ちょっと膨れ顔のアゲリハが割って入る。

その手には、珈琲が二つ油湯がひとつ、焼き立てのマフィンが三つ置かれている。

「ごめん。アゲリハは連れていくつもりだったから、誘うこと自体考えてなかったかも」

「サノト、今の答えが満点だったからひとまずゆるしてやろう」

「え?そう?
あ、マフィンうまいよ。うまく焼けたね」

「バターがたっぷりなんだぞ。美味しいんだぞ」

ミルクとバターがすっかり気に入っている恋人は、サノトの世界からありったけ、腐らないだけこちらに持ち込んで、日々、バターとミルクを楽しんでいる。

お陰さまで、ここにいるとバターとミルクの料理を食べる機会が増えている。好きだし美味しいけどけど、しばらくこれが続くと飽きそうなので、頃合いをみて「たまには遠慮してくれ」というつもりだ。

サノトとアゲリハがおやつを楽しんでいる間。

ガィラといえば、まだ、異世界眼鏡をかけたまま、チラシを熟読していた。

気軽に誘ったつもりだったのだが、なにをそんなに悩んでいるのか。分からないサノトの代わりに、ガィラの様子を見ていたアゲリハが、にやにやと笑いだした。

「そろそろ決心はついたか?ガィラ」にやにやした顔のまま、アゲリハが眉間に皺を寄せてチラシを見つめるガィラに問う。

「私が以前、せっかくだから異世界に行ってみるかと誘った時は、さわやかな笑顔でいきませんと即答したくせに、サノトの誘いは随分と迷うじゃないか。
なあガィラ。
よほど物欲にこたえたと見えるな」

「なにが?」

「人は欲望に忠実だという意味だぞ。
ところでサノト、この美術展はどのような趣旨のものなんだ?」

「えーとね、なんか、俺の国で200年前くらいに活躍してた人が描いた絵の展示会だってさ」

「ほー?古美術か。ガィラがもっとも好むジャンルだな」

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