その間。アゲリハさんはずっとサノトの傍にいた。

時々立ち上がったかと思えば、カーテンをひいて、朝は日光を、夜は月明りを部屋にいれた。

「空がきれいだ」と言われても、今のサノトにはまったく答えられない。けれどアゲリハさんは怒らなかった。

ずっとにこにこしていた。

彼を見ていると、何かが救われるような気がした。

それから、体感にして三日後。

「ねえ。アゲリハさん」ようやくしゃべれるようになってくると、「うん?」サノトのために白湯を作ってくれていたアゲリハさんが振り向いた。

「つまらないってなんだろうね」

「なんだ。とつぜん」

「いや。あいつ……元の彼女と再会してからずっと考えてたんだ。
俺さ、あいつに、つまらないからって捨てられたんだよね。普通過ぎるんだって。
普通の会社に入って普通の結婚望んで普通の将来思い描いて。そういうところがうんざりするって言われたの。
俺も、言われた当初はそうかなって思った。取柄なんてなんにもないって自覚してたから。
けどさ。
本当につまらないのって、こんな風になっちゃった俺たちのことじゃないのかな」

考えても仕様のないことを考えていた。ずっとずっと考えていた。

それを今口に出したのは、目の前の人に「そうだな」と言ってほしかったからだ。

そうすれば、そろそろ立ち上がれるような気がしたから。

けれど、アゲリハさんはにっこり笑うだけで「うん」とは言わなかった。代わりに、窓の外を見て「サノト。そろそろ立てるか?」動けるかどうかを尋ねられた。

「アゲリハさんが、さっきの質問にうんそうだねって言ってくれれば、いますぐ立てる気がする」

「そうかな。それだけでは、お前はまたいつか倒れてしまう気がする」

「なんだよ。分かったような口きいて」

「まあまあ。
なあサノト。そろそろ立てるなら、ちょっと私についてきてくれないか?」

「どこへ?」

「異邦の海へ。
サノト。つまらないとは本来どういうことか。お前のその目に見せてやろう」



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