しばらく歩いて店につくと、空いている席に座る。

店員がオーダーを取りに来たので、ドリンクバーをふたつ注文する。

店員が奥に去ったところで。「話ってなに」うつむく彼女に話かけた。

彼女は顔を上げなかったし、すぐに喋り出しもしなかった。ひたすら、自分の指を机にこすりつけたり、組んだりしている。

「はやくいえよ」いらだち紛れに言い放つと。「……あのね」ようやく、彼女がしゃべり始めた。

「彼、奥さんと別れてくれなかったの。それで、私、捨てられたの」

……そんな話俺にされてもな。

「でも、でもね。あのね。私……おなかにこどもがいるの」

びくっと、自分の肩が跳ね上がる。

「……不倫した上に子供が出来たってことか」

「う、うん」

「避妊くらいしておけよ」

「だ、だって。彼、ずっと、私と結婚したい。嫁とは早く離婚したいって言うくせに、ぜんぜん、そうしてくれなくて。
こ、こどもが出来れば。焦ってくれるかなって。だから、……」

彼女はいったん黙り込んだあと、続けてこう言った。「お金を貸してほしい」

「なんで?」声に影がさす。

「あ、あのね。おろすのにね。お金がいるの。でも、私、お金がなくて。で、でも。早くしないとおろせない時期がきちゃうの。私、しらなかったの。けっこう早く、子供っておろせなくなっちゃうんだって。

おろせない期間をね。過ぎちゃうとね。赤ちゃんを殺しちゃったからって、殺人になるんだって。だから、はやくおろさないと。でも、そのお金がなくて。でも、親に言ったら、怒られて。責任もって産めって。で、でも。わたし、いやなの。父親のいないこどもなんて産みたくな」

「ねえ。
なんで俺が。
お前と上司が不倫して出来た子供をおろす金払うの?」

「だって。わたし、お金がない。親だって、貸してくれなくて」

「どうして俺が払うの?」

「サノト、結婚するためって貯めてた貯金、いっぱいあるから」

「そうじゃねぇよ!!!
どうして俺がこども殺す金払わなきゃなんねぇのかって言ってんだよ!!」

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