振り返り様、サノトの顔は引きつった。
「……かのじょだった」
「は?」
「言い間違えた。……俺を捨てた女だった」
アゲリハさんが扉を凝視した。それから、サノトのほうに視線を戻すと、複雑そうな顔で黙り込まれてしまった。
こんな時間に元の彼女が訪ねてくるのだ。なにかあったと察するのが普通だ。アゲリハさんも、そう言いたげな顔をしている。
「サノト、どうする?」
「…………」
「なにか事情があって来たのだろうが、……出なくていいと思うぞ」
「……そうもいかないでしょ」
「そんなことはない」
アゲリハさんはしきりに、出なくていい。黙っていればそのうち去っていくと言ってくれたが、結局サノトは外に出ることにした。
その際、一旦部屋のに戻ってクリーゼットから合鍵を取り出すと、アゲリハさんに渡す。
「ごめん。彼女と場所代えて話してくるから、もし俺が帰ってこなかったら適当に寝て、適当な時に帰ってくれるかな?
帰るときは錠をして、鍵はポストの中にいれておいてくれればいいから」
アゲリハさんが、なにか言いたげな顔をふっとそらし、「……わかった」サノトの手から鍵を受け取る。
アゲリハさんから離れると、サノトは今度こそ玄関へと向かった。
玄関を出ると、扉の前で、サノトの元彼女がうつむきながら座り込んでいた。
「美樹」名前を呼ぶと、相手の顔がおそるおそる持ち上がる。目と鼻が赤い。泣いていたようだ。
「……出てきてくれないかと思った」
「こんな遅くに何の用」
「サノトに、話したいことがあるの。入れてくれる?」
「お客さんいるから無理。事情話して俺だけ出てきたから、話あるなら場所かえて」
「……うん。分かった」
先にアパートの階段を降りると、立ち上がった彼女が目をこすりながら後ろをついてきた。「ファミレス行こう」とだけ言って、振り返らずに歩き出す。
アパートから一番近いファミレスは彼女とよく行った場所でもあったが、今日の道中はお互い無言で、ただただ苦痛を強いられた。
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