一蔵楓花。

学校内の一部に彼女みたいな人がいることを猫汰は前から知っていた。いわゆる腐女子というやつだ。

一時期、テレビやスマホでニュースに取り上げられていたし、同好の集まりが現実にもネットにも存在しているのも知っていた。

前々から、俺とダーリンのことを影で見ながら、軽蔑ではなく、なにやら嬉しそうにしている複数の女子がいることを感づいていた。

だが、一蔵楓花がそれだとは知らなかった。趣味の隠し方が上手かったというのもあるだろうが、そもそも、一蔵楓花は猫汰に必要以上近寄らなかったからだ。

いつも、席にしろ居場所にしろ、一定以上距離のある人だった。学校側の配布物を彼女の手から配られたこともなければ、挨拶以上の会話もかわしたことがない。

彼女はいつも、自分と同じようなジャンルの女子とかたまってしゃべり、時折本を読んだり勉強したりしながら、いたって静かに暮らしている女性だった。

「それがまさかねー。俺とふーかちゃんがお友達になる日がくるなんてねー。ねー?ふーかちゃん。さっきも言ったけど、ふーかちゃん俺のこと避けてたでしょ?」

思ったことをあけすけに、世間話のついでに彼女に伝えたところ。「そうよ神崎くん」猫汰が女子になっても、いまだ猫汰を「くん」付けして呼ぶ彼女にさっぱりと言われた。

「避けてたわ。近寄りたくなかったからね」

「俺とダーリンの本書いてるのばれると不味いから?」

「まあ、それもあるけどね。
それよりもあなた目立つんだもの。華がある人って本に書き起こす分には助かるんだけど、それ以上の接点なんて出来たらたまったものじゃないわよ。
だから、正直、あの時落ちてた本をあなたに拾われた時は。人生で一番ひやっとしたわ」

一蔵楓花いわく。あの時猫汰が拾った例の本は、一蔵楓花ではなくその友達がうっかり落としたものだという。

それを偶然猫汰が拾い、トイレに行っていた一蔵楓花が教室に戻った時、はちあわせたというわけだ。

「それに、あの時、あの本を中嶋くんが拾ってたら、私、そんなに驚かなかったのね。彼って自分に実害のないことならさらっと流してくれそうじゃない?」

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