猫汰は、彼女に本をむしりとられるなり、なにやら宝石でも見つけたかのような熱い視線を彼女に注いだ。

慌てて、猫汰から離れようとした彼女の腕を「まって」猫汰がつかんで引き留める。

「ねえ一蔵さん」

いちくら。とは彼女の苗字だ。正確な名称は一蔵楓花(いちくらふうか)。

真面目ないで立ちで、印象通り頭も良い人だ。

ちなみに、彼女との面識は、猫汰、豪星ともに低い。目が合えば挨拶をする程度だ

「それ書いたの一蔵さんなの?」猫汰の言葉に、一蔵楓花がさっと赤くなり、すぐ、ざっと青ざめる。

彼女はなにも言わなかった。ただ、乱暴に猫汰の手を払いのけ、本を抱えたまま自分の席に戻っていってしまう。

乱暴に払われた猫汰といえば、それにも機嫌を損ねることなく、席に戻った一蔵楓花をじっと眺めていた。

まるで恋してしまったかのように。熱い視線を彼女に送っていた。

そんな出来事があってから―――― 一週間ほど後。

一蔵楓花と猫汰がよく一緒にいるところを見かけるようになった。

猫汰は大抵豪星と共にいることが多いので、ああして特定の、それも女子と一緒に並んでいることは珍しいことだった。

しかも、接近した期間も時期もまだ短い割に、二人はくすくすと笑いあっている。とても楽しそうだ。

そして、一蔵楓花と楽しそうにしゃべったあと。猫汰はいつも、不織布のバッグを持って席に戻ってくる。

花柄の印刷された可愛い不織布は猫汰の部屋で見かけたことがないバッグで、また、彼が女性になった後も、あまり趣味ではなさそうな鞄だった。恐らく一蔵楓花の私物だろう。

猫汰は、その鞄を大事そうに抱えると、なでたり、中身を覗いたりしながら、よく幸せそうな顔をしていた。

豪星が「どうしたんですか?」と聞いても、「ううん。なんでもないの」とはぐらかす。

それが何回も続くと。

豪星は―――気になりすぎていた。

なぜ、あの豪星以外の他人とあまり交わろうとしなかった猫汰が、突然一蔵楓花と接近したのか。

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