誰かが心配して声をかけてくれたらしい。親切痛み入ります。けど、どうにかなる問題ではないので、礼だけ言って通り過ぎて貰おうと、顔を上げた瞬間。
ひっくと、喉が鳴った。
なにこれ。
「だいじょうぶー?」
――――美味しそうなにおいがする。
「喋れないくらい具合がわるいの?顔真っ青だけど、救急車呼んであげようか?」
汁のしたたる肉のような、とりたての野菜のような、焼きたてのケーキのような。それらを全て混ぜ込んで、全く別のものになってしまったような。例えようのない良い香り。
固まってしまった豪星に、良い香りのする人は近づき、よいしょとうでを掴んで取り上げた。
「とりあえず、立てる?もっと広いところいこ?」
心配がつづく。どうやら場所を変えようとしてくれているらしい。が、それどころではなかった。
組んだ肩から、豪星を掴んだうでから、かんばしい香りが立ちのぼる。その匂いが、皮膚の下に流れているのを感じた途端、目の前が真っ白になった。
「……えっ、うわ!ちょっと!」
組んだ肩を無理矢理はずすと、勢いのまま地面に押し倒す。「いった!」頭をかばって倒れた相手を上から押さえこむと、そのまま、首筋に顔を近づけた。
うわあ。ここがいちばん美味しそう。
おいしそう。おいしそう。おいしそう。―――たべちゃえ。
「いっつ……!」
首筋に思い切りかみつき、中身をすいあげると、生暖かい血が口の中に流れ込む。
バターのようになめらかで濃く、砂糖のように甘く、胡椒のように刺激てきな味。
おいしい。こんなにおいしいもの初めて食べた!
もっと欲しい。もっと!
我を忘れる味に恍惚しながら、夢中で吸い上げていると。
「……あ」気づけば、相手の意識が無くなっていた。ぐったりした顔色は真っ青を超して、土気色にまで変化している。
まずい。下手をした。我を忘れて人間を襲ってしまった。
どうしよう。このひと、俺が血をのみすぎちゃった所為で死んじゃったの?
どうしよう。下手をした吸血鬼は処罰されるのが決まりだ。
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