美味しそうなこの人の所為で、俺たちが俺たちだった所為で。

―――ああ。

本能と感情がせめぎあって、俺が俺でなくなりそうだ。

「ねえせーちゃん。すきだよ。大好き。だから、ずっと俺といっしょにいようね?」

お願いだから気にしないでと猫汰が言う。

そんなの。

「そんなの無理だよ!」

抱きしめる猫汰を突き飛ばして、豪星は立ち上がる。「せーちゃん!」背後から悲鳴が聞こえたけれど振り向かなかった。

「……そうだ、おれたちがおれたちでなければよかったんだ……ねこたさんが……おれを……っ」

再び夜の闇へと飛び込んで、豪星は贖罪(しょくざい)のため、「あの人」の元へと駆け出した。







俺は、恋人が飛び出して行った闇夜を、その場でじっとながめていた。

俺は彼を追いかけなかった。何処に行ったかわからない上、この暗闇の中を闇雲にさがしたとて、見つかるはずはないだろうから。

いや。それよりも。

「……せーちゃん」

ぼたぼたと、おおつぶの涙が、目からとめどなく流れ出していた。

俺は嬉しかった。

「せーちゃん、俺のこと好きだったんだ」

思わずつぶやき、顔をおおう。

俺は彼と恋人でいる間、ただひとつだけ疑っていることがあった。それは彼からの愛情だ。

愛されていることにも、幸せなことにも疑いの余地はない。けれど、それが「なに」を根にしているのか。しこりを抱いていた。

俺はしょせん彼の食事でしかなくて。俺たちはそれだけのことに名前の付き始めた関係だと思っていた。実際に、始まりがそうだったから。

それでも、好きな人といられるし、好きだって言ってもらえるからそれで構わなかった。

けど、俺はずっと悲しかったんだな。いま初めて実感した。涙が止まらないのがその証拠だ。

「せーちゃん……っ」

俺たちの前提にある食欲を拒否して、俺のために別れてくれと言った彼の、悲痛な面差しを思い出す。

とてもとても、愛おしかった。

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