「昨日普通に出かけて、帰っていきなり別れ話なんておかしいでしょ。ちゃんと理由を言って。心当たりのない事に俺は同意できない」
「…………」
「言いにくいの?だったら時間をおいてもいいから。いきなり別れるなんて言わないで。理由が話せるようになるまで待つから」
「……だめだよ」
「なんで?」
「だって、俺がそばにいると」
猫汰さんが死んじゃうんだ!
絞り出すように言った後、豪星の方が取り乱した。封を切ったように泣き出してその場にうずくまる。
わんわん泣き始めた豪星の背を、そっと、猫汰が撫で始めた。そのやさしさがつらくて、余計に涙があふれてくる。
「父さんから聞いたんだ!俺がひとりの人の血を飲み続けるとその人は死んじゃうんだって!母さんはそれで死んじゃったんだって!俺そんなのやだよ!」
俺は彼と出会ってから今まで、どれだけの寿命を食べてしまったのか。検討もつかないのが恐ろしい。取返しがつかないことも。報いることが出来ないことも。
ならば我慢を覚えるか。彼の血を飲まず、そばにいられるように。
それは無理だ。生き物は食欲を抑えきれない。
嗚咽にえづく豪星の背から、「なんだ、そんなことか」猫汰が軽い口調で言う。「そんなことって……」思わず、目を見開いた。
「いいよ。結構前から察しはついてた。
血を飲まれ続けるなんてリスクが高すぎる。俺はきっと長生きしないだろうと思ってた。きっと早いうちに、俺の身体には限界がくる」
察していただと?
それじゃあ、彼との未来をなんの疑いもなく、のんきに描いていたのは自分だけだったのか。
あれほど不躾に血を求めて。不穏など、まったく見えずに。
「だから俺は、ずっと前から、短い人生を君と幸せに生きることだけ考えてた。
俺は俺の短命を承知してるから、せーちゃんは気にしないで」
「やだよ!」
「俺は別れるほうがいやだよ」
正面から抱きしめられた。首筋から甘い匂いがして、目も頭もぐらぐらする。
これの所為で、俺の所為で、俺が吸血鬼だった所為で。
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