落としたカップを店員が片づけた後も、父親は青ざめたままだった。
それどころか、黙りこくってひと言もしゃべらない。心なしか震えているようにも見えた。
「父さん?どうしたの?具合がわるいの?」
何度も体調をきにかけて、それが5度目にきたころようやく。
「……そう、だね。ちょっと、寒気がするんだ。ごめん豪星。僕もう帰るよ」
口を開いた父親が、立ち上がって出口に向かう。「父さん、まって」見送りしようと、あわてて会計を済ませて父の背を追う。
出口から飛び出すと、父親はすでに向こうの街灯まで進んでいるところだった。「父さん!」かけよると、相手が、ゆっくりと振り返る。
「大丈夫?ひとりで帰れる?いまどこに住んでるの?ホテル?誰かの家?俺、そこまで送っていくよ」
「いや、いいよ。ひとりで帰れるから」
「けど、父さん顔が真っ青だよ」
「いいんだ。大丈夫」
「俺が心配なんだよ。せめて最寄りの駅とか、バス停とかまで……」
こちらが強く押しても、父親はかたくなに「ひとりで帰る」と言い張った。その間に、気温がどんどん下がっていく。
往生しているほうが不味いかなと思いついたとき、強い風がひとふきして、豪星までぶるりと震えた。
「……分かった。気を付けてね。早く寝るんだよ」
「うん。分かってる」
「それじゃあ俺、行くから」
街灯の下で父親と別れ歩き出す。その途中「あ!そうだ!さっき言ってた式のことなんだけど!」思い出しがてら振り向いた。
「父さん、いつもどこに住んでるか分かんないから、来年の4月になったら連絡して!時間とか場所とか伝えるから!」
本当は招待状を出したいところだけれど、父親の所在不明は相変わらずなので、とりあえず、口約束だけしておく。
「それじゃあね!お大事に!」
言葉を締めて、再び歩き出そうとした豪星の手を、「まって!」後ろからつかまれる。振り返ると、いつの間にか近づいていた父親が、豪星の手をにぎりしめていた。
「父さん……?」とうとつさと、相手の握る手のつよさにとまどいが湧く。
「どうしたの?やっぱり送ってほしいの?」
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