「……えーと、卒業したら旅行に行こうと思ってるんだ」
『そうなの?いいじゃない。行ってきなよ』
「うん。ところで父さん。久しぶりに外で会わない?俺、最近バイトするようになったからおごってあげるよ」
『おお。息子におごられるなんて初めてだ。いいね行こうよ』
「うん。それじゃあ、俺の好きな店があるからそこで。住所は―――」
電話で式の報告をしなかったのは、なんとなく、顔を見て言いたくなったからだ。大事なことはきちんと伝えたい。という、人間のやりかたに影響されているのだろう。
彼氏と長年いっしょに過ごしたおかげさまで。
*
豪星が指定した店は、最寄り駅から二つ離れた場所にある、恋人もサラリーマンも入りやすい個人経営のレストランだった。
約束の日時に、入口で父親と落ち合うと、中に入って席につく。予約をしておいたので、迎えも着席もスムーズだ。
メニューを渡すと、「美味しそうだね。おすすめはどれなの?」父親が楽しそうにながめ始めた。
父親は豪星と違い純血なので、食事に対する執着はさほどないのだけれど、「栄養にならないけど、美味しいから料理は好きだよ」と言っていたのを思い出す。お互い、怪物のくせに俗物な親子だ。
メニューを決めて、注文を取ってもらうと、近況を話したり話さなかったりした。
運ばれてきた食事をすませ、食後のコーヒーを飲み始めたころ。
「あのね、父さん。俺、卒業したら猫汰さんと結婚するんだ」
今日の本題を切り出した。とはいえ、きっと父親はフランクに、「そうなんだーおめでとう!」くらいに答えるだろう。
そう思った矢先。
目の前で、父親がコーヒーのカップをすべり落とした。
カップは音をたてて割れ、コーヒーは床にぶちまけられた。
「ちょ!父さん!大丈夫!?」
報告がそんなに意外だったの!?と、言いかけた口が止まった。
父親の顔が、真っ青になっていたからだ。
*
29>>
<<
top