目に見えて社会人がくたびれているのを見ていると、その世界観というのは、学生が想像するよりも遥かに複雑なのだなと思う。

それが、ストレスを生み出す、最もたる正体なのだろう。

けれど、猫汰などは、学生どころかそれを一度捨てた身だ。

世間を舐めてみているので、そのストレス自体、五感のどれを使っても理解出来ないものである。

猫汰がそういう風になるよう何時の間にか仕立てたのは、元来の性格と、もう半分は兄の影響だ。

クリームケーキよりも猫汰に甘い兄の生活教育は、思い返せば甘くて甘くて、甘すぎる。

その原因が、なにを思ってか、優し気に眉を落とすと「大丈夫だよ」と猫汰に声をかけてきた。

何が大丈夫なんだろうか?次にくる主語、もとい説明に身を構える。

「まぁ、社会人が大変なのは本当だけれど、だからといってお前がそれを噛む必要はないよ。立場的に許されているのなら、許されている限りのんびりやればいいんだ」

「許されるっていうと?」

「少なくとも、僕が君に対して許してる全てのことかな。ところで猫汰、今年はめでたく入学を果たした訳だけど、来年からはどうするんだい?」

猫汰の来年といえば、恐らく、進学か就職の話だろう。

猫汰は学業的に問題が無いのと、詩織が色々整理してくれたお陰で、今年一年学校に通い続ければ無事に卒業できる段取りになっている。

その事について、身内からその後を問われる日が来るとは思ってもみなかった。

不思議な気分だ。去年の今頃、生きてきた中で一番無気力だった自分では、想像もつかない今を迎えたなと、今更考える。

「進路か…うーん、ダーリンと相談してから決めようかな」

今のところ、猫汰の主軸というのは、全て彼氏の行動に合わせて作られている。

今後どうするかと聞かれれば、彼に聞かねば分からないというのが、最もな答えだ。

猫汰の口から彼の渾名が出た途端、詩織が、余計に眉を落として「彼には世話になるね」と、まるで恩人にでも言うような口調で呟いた。

そこに、当初の嫌悪感はなく、むしろ申し訳なさそうだ。ちょっと気に障って、ぷう、と口をとがらせる。

「詩織ちゃん、初めのころよりダーリンに好意的だよね?初めは別れさせようとしたくせにさー」

「いや、まぁ、初めは彼の事は名前すら知らなかったくらいだからね。けど、結果を見れば、彼と付き合ってからのほうが、お前は良い方向に向かっているから」

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