やめやめ。不安など、感じたところで考えたくもない性質なのだ。

今は、大好きな彼氏と大好きな料理を作っている事だけに浸っていたいのだ。

それに、嫌な考えは更に嫌な考えを呼び起こしてそれを定着させるというから、今行った切り返しが、最も大事な選択だったに違いない。

気を取り直して、おにぎりの最後の仕上げである、海苔を巻く為の動きを再開させる。

おにぎりは多めに作り、全部で15個ほど出来上がっていた。ラップにくるみながら、ふと、試作にしては作り過ぎたかな?と懸念した、時。

ぴんぽんと、玄関の方から猫汰を呼ぶ音が聞こえた。

突然の来訪に、はあい、と返事を返し、インターホンで玄関の前を覗いて、から、「あ!」と嬉しさを漏らした。

『やあ猫汰、夜分にすまないね』

画面の向こうに見えた顔は、何時も通り、威圧と小奇麗さに包まれた兄の姿だった。

しかし、完璧な装いにところどころ綻びと隙が垣間見えた。恐らく、仕事帰りなのだろう。

兄は、もう一度インターフォンに口を寄せると、生クリームの乗ったパンケーキに上から蜂蜜を流し込んだような、大層甘い声で今一度自分の来訪を告げた。

いそいそと、扉のロックを開け、兄を中に招き入れる。

猫汰と同じくらいか、少しだけ背の高い兄が、「お邪魔するよ」と言って中に入り込む。

「詩織ちゃーん!」と言って、その腕にごろごろ抱き着くと、やはり、甘い甘い声で「こらこら」と、声と態度が矛盾したまま叱られた。

「詩織ちゃんじゃなくて、詩織お兄ちゃん、だろう?」

「ねぇ詩織ちゃん、どうしたの?お仕事の帰りでしょ?」

「…まあね」

本当は困っていない癖に「困った奴だな」と言って、猫汰がひっついた状態で二人リビングに向かった。

勝手知ったる顔で、兄は椅子に腰かけると、丁度、30分前にドリップして、残っていた珈琲を、お疲れ様と労い兄の傍に差し出した。

「ありがとう」と言って、兄が嬉しそうにそれを手に取り口付ける。

「詩織ちゃんちょっと疲れた顔してる。最近、物凄く忙しいって言ってたもんね、どう?お仕事終わった?」

「いや、まだ暫く終わらないかな。今日もたまたま、近くに来たから、猫汰の顔が見たくて寄ったんだけど…ああ、珈琲がおいしいなぁ」

「社会人って大変だねぇ」

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