「ふんふーん」
空いた器に、真水と塩少々。お鍋で炊いたあつあつの炊き込みご飯。
手に塩水を塗り込むと、火傷に気を付けながら、ご飯をあちあちと丸め込む。
ぎゅう、と握りしめると、自分の手の大きさと比例した、角の取れたさんかくが、表面をきらりと光らせ出来上がった。
それを、何個も何個も作っては縦に、横に並べる。
鍋の中身が、米粒ひとつもなくなるまで、ころころ作りこんだ後「よーし!」と終了の合図を自分で上げた。
ひとつ味見をして、うーんと、感嘆の声を上げる。
「…へへ、ダーリン喜んでくれるかなぁ」
こうして、おにぎりを握る度に思い出すのは、猫汰の最愛の彼氏のことだ。
おにぎりは、彼に二度目に作って貰った料理だ。しかも、デートの日に交換した事も覚えている。
勿論、初めて作って貰った料理も、三度目も四度目も、それどころか、何時デートに行って何処で何をしたかも全部覚えている。
彼の笑顔は365日、見ても見ても見飽きない。そのひとつひとつを、何時も宝物のように、鮮明に覚えて頭の中にしまい込んである。
いつでも、脳内でにやにや眺められるように、独自のファイリングもばっちりである。
今日も、並んだおにぎりを端から眺めては、「ひゃあ、ダーリンとの動物園デート思い出すなぁ」と、ひとりきゃっきゃと黄色い声を上げた。
こんな、なんてことの無い事が幸せだなんて、こんな、こんなことってない。
彼の事が好きすぎて、猫汰は毎日、本人がいてもいなくても幸せである。
明日死んでも、結構悔いは無いかなと、ちょっとあぶないけどちょっと真剣に頷けるぐらいは満ち足りている。
―――いや、死ねはしないか。
ふと冷静になって、おにぎりを見ていた目を窓の外に向けた。
もうすっかり暗くなった窓の外では、人間の力で、見えるか見えないかくらいの薄い雲が、時折現れては、消えて行く。
その不安定さに、先ほどの幸福感も忘れてイラついた。
それは、自分の中の不安が、ちりちりと呼応したからかもしれない。
それは、猫汰の不動極まりなかった幸福の中にひとつ落とされた、影のような不安だった。
何が「厄介」かといえば、それが雲と違い、実像と実害を有していることだ。
それを思い出そうとすると、さまざまな感情が、猫汰の頭と目の縁に入り乱れそうになるが―――ぷいと、窓から視線を外す事でそれを霧散させた。
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