顔を上げた龍児が、鋭い目つきを飼い猫のように丸めて、夢見るような面持を見せる。その視線をいっぱいに浴びると、不思議な気持ちに襲われた。

そのまま、龍児は臆せずに言った。

「うん、生まれてきてくれてありがとう、豪星」

思わず、持っていた蒸しパンを落としそうになる。するりと零れそうになった蒸しパンを、慌てて紙袋の中に落とし、ぎゅうと、意味なく袋の口と、自分の口を手で抑えた。

いけない、抑えた手が熱い。凄い不意打ちを食らってしまった。

「…あの、それも素で言ってるの?」

「ん?」

「いや、なんでもない」

素か。そうか、素で言ってるのか。

凄いな、これもある意味、才能の一種なのかもしれない。

豪星には言う方も言われる方にも備わっていない才能なので、目の当たりにすると、こう、羞恥が凄くておかしくなりそうだ。

ただ、けして、悪い気分ではない。むしろ、大変幸せな気分だと思う。

「…あー、えっと、そうだ、せっかくだし上がってく?お茶出すよ」

「いい、おっさんと沙世に直ぐ帰るって言ってあるからもう帰る、ありがとな」

「そっか、…こっちこそ有り難う」

気を付けてねと言って手を振ると、龍児も手を振り、アパートの近くに停めておいたらしい自転車に乗り込み、暗くなりかけている道路を走って去っていった。その姿が見えなくなるまで眺めた後、紙袋を抱えて扉を内から締める。

袋の中を改めて数えてみると、大き目の蒸しパンが、4、5個詰められていた。

恐らく、作った時はこの3倍くらいあって、一番綺麗なものだけ袋に詰められ、残りは龍児が平らげたのだろう。その姿を想像して、漸く、羞恥が笑みにすげ代わった。

蒸しパンは時間が経つにつれて固くなってしまうので、自分も早目に食べきってしまわねば。

といっても、好物だと豪語した通り、とても好きなお菓子なので、今から食べて、明日の朝も食べて、昼頃もおやつに持って行けば直ぐに終わってしまうだろう。

コンビニで買ったものは日持ちがすると思うので、その後にでも食べよう。

とりあえず、今日はこの食べかけと、あと、ひとつくらい父親に分けてあげようと思い、部屋の中に戻るが。

「………」

「うわ!……父さん?」

部屋の中の方を向いて進もうとした時、さっきまで背後だった場所に父親が立っていて滅茶苦茶吃驚した。ぶつかりそうになった体を、慌てて脇に寄せる。父親は、その場に突っ立ったままだ。

恐らく、豪星が気付かない内にそこに立っていたのだろうが、こんなところで一体何故突っ立っているのだろうか?

「父さん?どうしたのこんな所で」

父親は、豪星の問いかけには反応せず、豪星、いや、豪星の後ろにある扉を瞬きせず凝視していた。

そのままの格好で、ふと、喉元に一筋、ぽたりと汗を垂らして。







「――――天道?」

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