「豪星君、浮気する時に使う人間の口裏はちゃんと合わせておかないと、まったく君は、詰めが甘いんだから」

「なにそれ腹立つ…!…けど、とりあえず有難う…」

「いいえー!」

ケラケラ笑って、父親が持っていた携帯を豪星の膝にぽいと投げ落とした。

弾みで床に落ちたそれを拾って、再び机に戻す最中、父親が、手前の灰皿を自分の元へ引き寄せた。

煙草に火をつけて、それを口にくわえる。そのまま豪星に背を向けたので、てっきり、それまで見ていたバラエティ番組に意識を戻すのかと思いきや。

「ま、浮気うんぬんはさておき、僕も豪星君と行きたかったなぁ」

背を向けた状態で、いきなり、らしからぬ事を言い出すので、思わず「え」と、抜けた声が出てしまった。

「あの、父さん、それ、どういう…」

「レジャーとか、僕とほとんど行った事ないの、本当だもんね、遊園地なんて、一回か二回だっけ?最後に一緒に行ったの、いつだっけ?なんか、さっき話合わせてたら、ほんとに、君と久しぶりに行きたくなったかなーって、はは、なんとなく思ってさ」

「………」

「ごめんね、豪星」

「…なんで謝るの?謝ることじゃないだろ」

「うん、そうだね、遊園地だっけ、楽しんでおいでよ?」

「…父さんのお土産も買ってくるよ」

「うん、楽しみにしてる」

今度は父さんと行くよ、とは、気恥ずかしくて言えず、土産の話でごまかしてしまう。

それでも父親は、ひとつ振り返って「うん、楽しみにしてる」と、普段とは種類の違う笑顔で答えた。

余計に気恥ずかしくなって、今度こそ風呂にでも逃げ込もうと、立ち上がった瞬間、鼻に違和感を通り抜けた。

くしゅん!とくしゃみが零れた瞬間、そそっと、二の腕に鳥肌が立つ。

「あれ?風邪?大丈夫?」

「え?ああうん、…大丈夫、かな?」

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