丁度、立っていた場所から左側に、大きく、例の「海鮮丼」が看板に書かれていた。
が、店が大変繁盛しているらしく、入口が人で込み合っていた。
4メートル程の列、その最後尾に並ぼうとした豪星の腕を、ぐいと、猫汰が突然引いてきた。
え!と口にする間もなく、店の反対方向に連れて行かれる。
反対側も店になっていたが、細長い階段が二階に続いていて、少し重圧感を感じる装丁だ。
そこにも、小さな黒板で「海鮮丼」とかかれていたが、行列が出来ている店に比べると、なんとなく入りづらい雰囲気だ。
その階段を、何の抵抗も無く猫汰が駆けあがっていく。
彼の勢いにつられて、豪星も細長い階段を足早に昇って行った。
小さな暖簾のかかった入口を、猫汰がスパン!と力強く開ける。
「すみませーん!二人、座りたいんですけどー!」
猫汰の声を聞きつけた店員が「はーい」と応答して、直ぐ、猫汰と豪星を入口傍のカウンターに案内してくれた。
早速手渡されたおしぼりで手を拭きながら、予想外の展開、その発端に「あのう…」と尋ねかける。
「なあに?ダっ…豪星君!」
「こっちも海鮮丼のお店みたいですけど、向かいのお店の方が列が出来てましたよ?こっちで良かったんですか?」
「ああ、それ?」
豪星の疑問に、冷えた水を一口啜りながら、けらけらと猫汰が笑う。
「多分あの店、定期的に雑誌とか、テレビとかネットで紹介されてるんだろうね、それで列が出来てるんだよ」
「じゃあ、美味しいお店なんですね」
「うん、だろうね、けど、ダっ…豪星君、ここは観光地だよ?観光地っていうのは、ごはんが美味しく無い店なんて端から建っていられないの、だったら、此処に立ってる店はは何処に入っても美味しいに決まってる、味の優劣は、列なんかで決まらないよ」
「………」
「それに、雑誌もテレビも、この店は美味しいって言うけど、だから向かいの店は不味いよだなんて、ひと言も言わないでしょ?」
「…な、なるほど」
「うん、観光地で並ばずに美味しい物を食べるこつは、行列が出来てる店の、隣か後ろか、向かいのお店に入る事じゃない?」
なるほど!凄く良い事を聞いたかもしれない!
大変珍しく、猫汰を尊敬の眼差しで見つめていたが、その視線を、す、と薄い板で遮られる。
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