てっきり、猫汰の声に吃驚しての行動かと思いきや。
「…ね、ダーリンって、なんだろうね?あの二人」
僅かに聞こえてきた内容に、食べていた物がぐ!と喉に詰まった。慌てて胸を叩き、息を確保する。
呼吸は直ぐに軽くなったが、代わりに、上がっていた興奮が若干冷めてしまった。
今まで、自分と周りが(半ば強制的に)慣れ過ぎてしまった所為で、違和感ですらなくなってしまったが、…あだ名にしても、おつりがくるこの呼ばれ方を、旅先で目敏く注目されるのは、ちょっと気が引ける。
…今日くらいは、いいかな?と思い立ち、豪星は「あの」と、恐る恐る猫汰に話かけた。
「うん?どうしたの?」
「えっと…今日だけ、俺のこと、ダーリンじゃなくて、名前で呼んでくれませんか?」
恥ずかしいから、というのは言いにくかったので濁したが、多分ばれているだろう。
てっきり、むっとされるかと思いきや。
「いいの!?」
「え?」
「何々ダーリンそんな!名前呼んでも良いくらい、今テンション高いの!?やだ!俺、今日どれだけ幸せになれば気が済むの!?」
「…ど、どうでしょう?」
どうやら却ってツボを得たらしい猫汰が、しきりにきゃあきゃあ!と黄色い声を上げている。
よく分からないけど、相手の満足を得たようで安心する。何事も、お互いの了解が得られるのが一番だよね。
「じゃ、じゃあ、さっそく…」
「はい」
途中まで勢い込んでいた猫汰が、名前を呼ぶ段階で一度口を止める。
目の方をうろうろと彷徨わせてから、そっと、斜め下を向いて、もじもじ口を開いた。
「…ご、豪星、くん」
やっと呼ばれた名前に、何故か豪星の方が、ふわりと楽しくなった。
彼とはそこそこの付き合いになってきたが、思うに、名前を呼ばれたのはこれが初めての事だと、今更気づく。
「新鮮で良いですね!」と、思ったままを言えば、猫汰が、未だ視線をそらしたまま、変に畏まった口ぶりで「はい」と答えた。新鮮過ぎて声でもひっくり返ったのだろう。
やがて猫汰は後ろを向くと、頬を何度もぱたぱた叩き、次いで「よし!」と声を上げた。
振り返って、漸く豪星と目を合わせる。
「あ、向こう!海鮮丼って書いてある!ダっ…じゃなくて、豪星君!」
「へぇ、どんな風なんでしょう」
「ちょっと見に行ってみようよ」
「はい」
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