「…………っ」
どうしよう、隙をついて逃げられたは良いけれど、これ以上何処に逃げたらいいんだろう。
最悪、外に出てやり過ごすってのも…あ、貴重品預けたままだ。
どうやってこの場を切り抜けようか、必死で考えている豪星の浴衣を、猫汰が向こうから、くい、と引っ張ってきた。
ひ!と息を呑んで猫汰に振り返って、から、…あれ?と目を瞬かせる。
何故か、猫汰が涙目で豪星を見上げていたのだ。先ほどの気迫と熱は、すっかり、顔から消え失せている。
「ご、ごめんなさい…っ」
突然謝られて余計に目が白黒とした。まだ余裕がなくて、答えを言及出来ない豪星の代わりに、猫汰がしゃくり上げ始めながら、ぽつぽつと喋りはじめる。
「あ、あの、ダーリンがそんなに嫌だなんて思ってなくて、ただ、俺たち、付き合ってもう半年以上は過ぎてるし、家じゃこういうの、おとーさまが居るから出来ないし…まぁ嫌々も好きのうちかなって」
おいなんだ最後の判断!このひと、女性と付き合ってた時、もしかして最低だったんじゃないの!?
「その、あの、そんなに嫌ならもうしないから……もうしないから!俺のこと嫌いとか言わないで!」
「は、はい…了解です?」
展開を若干上手く飲み込めていない状態で、とりあえず流れのままに頷くと、うわぁあん!と、本格的に泣きだした猫汰が、豪星にしがみついてきた。
押し倒されるような格好に再び震えたが、ぎゅうぎゅうと抱き着いてきた身体が、何分経っても、それ以上一指も触れてこない事を確認すると、ようやく、ほぅ…と安堵した。
いまだに、何が猫汰の制止をついたのか理解出来なかったが、兎に角、窮地だけは脱したようだ。…危なかった。
「ごめんなさいぃい!!きらわないでぇええ!!」
「……はい」
自分よりもガタイの良い男が自分の上で泣き叫ぶのを聞きながら、それよりも、いい加減眠くなってきたなぁと、忘れていた眠気を、一人天井を眺めながら思い出した。
翌朝、旅館をチェックアウトして、帰りの駅で土産や弁当を買いつつ、電車に乗り込んだ。
その間、猫汰は始終黙り込んでいた。昨日の事が相当尾を引いているらしい。
ちなみに豪星は、尾を引きたくないので、昨日の事は早々に、忘れたい過去に整列させている。
しかし、流石に帰るまでずっとこの調子では気まずい。
なんとか会話だけでも何時もの調子に戻したいと思い、電車の座席に座ったところで、そっと猫汰に話かけ、ようとしたが。
「昨日の事、よく考えたんだけどね」
同じタイミングで、猫汰の方が唐突に話を始めた。出しかけた声がひっくり返って、変なトーンで返事をしてしまう。
猫汰は再び黙り込んでから、顔を伏せ、それから―――何故か、きらきらした目で豪星に振り返った。
なんでこの流れから、こんな顔になるんだろう。
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