「ねぇ、ダーリン、俺たち、そろそろ良いと思うんだよね…?」
青臭い井草の畳。その上にひかれた厚みのある布団の上で仰向けになった豪星は、はく、はく、と、魚のように口を開け締めしていた。
豪星の上では、浴衣の胸元と足の付け根の部分を大胆にずらした猫汰の姿がある。
両腕と両膝に挟まれ、上から組み敷かれた状態で、豪星は熱っぽく見下ろしてくる猫汰を焦点の合わない目で見上げた。ひっく、と、息を呑む。
どうしてこうなった。なんでこうなった。考えても考えても混乱するばかりだ。
黙り込んだまま一言も発しない豪星の態度を、どう受け止めたのか、猫汰が不意に瞼を落とすと、片手の平で豪星の浴衣の合わせを割った。
そのまま中に入り込みそうになった大きな掌を、ほとんど、脊髄の反応でガシリ!と掴んで止める。
それでも、止め切れなかった指先が胸の上の皮膚にあたり、そわっと肌が粟立つ。
その時、漸く、…えらい事になっているのだと、心の底から実感した。
―――旅行に行こう。と、誘ってきたのは、豪星の部屋にいつものように遊びに来ていた猫汰の方からだった。
進級をする前に纏まった休みがあるので、その間を利用して、卒業旅行ならぬ進級旅行として、ちょっと遠くへ泊まりで行ってみようという提案だった。
気の迷った豪星に、猫汰がすかさず「旅費も交通費も全額出すよ」と後押ししたが、流石にそれは気が引けた。
そんな時、隣に居た父親に「それくらい出すよ」と後押しされ、なんとなくそれが切欠となり、豪星は誘いに乗る気になった。
今まで、引っ越しはすれど、行事以外の旅行はほとんど言った事が無かったのもあって、乗り気になったのは、恐らく、ちょっとした憧れも含んでいた。
知り合いと旅行に行ける機会は中々ない上に、父親が今居るので、部屋と犬の世話も任せられる。
これは渡りに船ではないかと思ったのだ。
行先の充てが無い豪星に変わって猫汰が色々と調べ、当日の交通手段や宿泊先の世話などもしてくれたので、豪星は当日まで、これから旅行に行くという実感の無いまま過ごしていたのだが。
来る当日、電車に乗り、現地に足をつけた所で「わぁ…!」と、感嘆の声を上げた。
実感が、鮮やかな色となって目の前に現れた途端、直ぐに機嫌が鰻のぼりになる。
現金な話だが、その気になってはいたものの、その日になって漸く、旅行に来て本当に良かったと思ったのだ。
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