寝始めた最中、ひいた布団の向こう側からかたかたと戸が開く音が聞こえた。意識が瞼の下まで浮上して、何となく開けず、寝たふりを続ける。
音の持ち主は中に入ってくると豪星の布団近くで足音を止め、そのまましんと黙り込んだ。多分、上から見下ろされているのだろう。
その内、相手は網戸を開いて屋根の方へと向かっていった。その時漸く目を開き半身を起こす。自分もそっと屋根に向かい、幾重にも並んだ瓦の上を見渡した。
屋根の上には龍児が膝を折って座っていた。目は腫れぼったいが涙は出ていない。断りなく隣に座ってみるが、彼は前を向いたままじっと動かなかった。
「急にごめんね」
「………」
話かけると僅かに反応が返った。眉間に皺を寄せた龍児が、やはり前を向いたまま小刻みに震える。
「俺が帰るのはね、別におやつの所為でも龍児君に怒ってる訳でもないんだ、その…父親がうちに帰ってきたみたいで」
ちちおや、と言った所で、耐えるようなしぐさを見せていた龍児がはっとこちらに振り返った。憑き物でもとれたような顔だ。
「連絡が来たんだ、だから、元々夏が終わる前には帰る気でいたから丁度良いと思って」
「………」
「…俺此処に来て楽しかったよ、龍児君もいたし」
半分の事情と弁解と、後付けを話終える。龍児がどう答えるかをじっと待ったが、龍児は相変わらず、じっとしたまま動かない。
やがて豪星の方が腰を上げて部屋に向かった。このまま会話もなく別れてしまうのは寂しいが、それは豪星だけが催促しても仕方のない事だ。
「……おやすみ」
小さく呟き網戸を越えようとしたその時、豪星の背中側のシャツをきゅ、と指が掴んだ。首を後ろに回すと、こちらを向いて俯いた龍児が、片手を豪星に伸ばしていた。
「ま」
「ま?」
漸く声を出した龍児がばっと顔を上げる。その拍子に、彼の目から落ち着いた筈の涙がぼたぼたと溢れ落ちた。
「まだ、あぞべよ……っ」
何時もよりしわ枯れた声が涙に交じって嗚咽になる。何時間か前に見た時よりも弱弱しい、しかし年相応な泣き顔だった。
淋しさに加え、不思議な気持ちが湧き上がってきた。また俯きそうになる頭に片手を伸ばしてゆっくりと撫でる。
「…うん、遊ぼうね」
「ぜったいだぞ、ぜったいにだぞ」
「うん、ぜったいね」
「ぜったいだぞぉ…っ」
普段は絶対にこんな行為も、状況も許さない龍児が怒りでは無い声を荒げる。その声を聞いていると不覚にも、豪星ですら貰いそうになった。
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