「…なぁ、龍児が可哀想じゃねぇか?」
「……え?」
「その、俺が言った手前こういうのもアレなんだけどよ…龍児がこんなに泣くならよ、もうちょっと気持ち的にな?落ち着くまでな?うちにいてもいいんじゃねぇの?」
「ええ!?いやいやいやいや、…ぐぇえ!」
急に何を言い出すんだと、須藤を諭す前に更に腹部に圧力がかかった。涙目で腰を見下ろすと、目を真っ赤にさせた龍児が様子を一転させ、目つきの悪い瞳を更に釣り上げ豪星を見上げていた。
「俺謝った」
「う、うん、ありがとう?」
「だから出てかないよな」
「ええ!?」
それとこれとは話が別だという誤解が解かれないまま、背後から須藤もにじり寄ってきた。「豪星、俺からもだな」と龍児の援護をされてはたまったものでは無い。
どうしよう。とりあえずどういう回答をするのが一番適切なのか、分かりかねている豪星にその時光明が差した。
「こら!ふたりとも!」
戸の向こうから新しい声がふたりを叱る。それに該当する二人が、びくっ!と身体を震わせ、声の持ち主におそるおそる振り返った。
戸の傍では、愛らしい顔立ちの沙世が、その顔に似合わぬ仁王立ちで腰に手を据えていた。
沙世はすたすたと中に入り、豪星を挟んでいる二人の肩にそれぞれぴしゃりと片手を打った。女性の力なので痛く無い筈なのだが、二人の顔は真っ青だ。
「さっきから見てればなんなの?豪星君が困るようなわがまま言うんじゃありません!男の子でしょ!」
聞き分けのない子供を叱るような口調で、め!と追い打ちをかける。叱られた二人は、文字通りしゅんと落ち込み項垂れていた。龍児に至っては再び蹲っている。何だか面白い図だ。
ひとり冷静に状況を眺めていた豪星に、怒りを収めた沙世が近付いて来た。「何時頃出て行くの?」と尋ねられ、漸くほっと息を吐く。
「仕事が落ち着いてから近い内にと思ってるんですけど」
「ああ、仕事のことは気にしないで、どうせ年中落ち着かないから、貴方の好きな日にしていいわ」
「それじゃあ、二日後くらいに…」
「「二日後!?」」
二人が同時に顔を上げる。それを再び沙世が「だまらっしゃい!」と叱った。うぐぐ、と悔しそうに唸る声が聞こえる。
やがてふと目頭に手をやった須藤が、次いで自分の頬を叩いて「よし!」と掛け声を上げた。先ほどまで優位に立っていた沙世にどしどし近づいて、ふん!と鼻を鳴らす。
「沙世、二日後に俺はこいつのお別れ会をするぞ!」
「あら、それは私も賛成ね」
「というわけでお前等!明後日は晴れても雨でも休みにしてやるから有難く思え!特に豪星この野郎!」
「このやろうて…」
「お前等、明日は明後日分きりきり働けよ!」
「はーい」
「はい」
沙世と豪星が返事をする横で、龍児が声無く立ち上がり部屋を出て行った。
「あ、龍児君…」
呼びかけるも振り返らず、階段を下りていく音だけが聞こえる。追いかけようかどうしようか迷って結局豪星も階段を降りたが、既に龍児の姿はどこにも無かった。
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