主人公が誕生すると長い前置きが始まり、国の経緯や世界情勢、主人公を取り巻く環境などを、縦巻きの文字列で流れていく。

それを眺めていると、父親が新しいビールの缶をカチリと空けた。炭酸が弾ける音が、幻想的な音楽に交じっていく。

「今にして思えば、君にもっとゲームをやらせておいても良かったかもね」

相変わらず親らしくない事を言い出す親だ。と、今思った事が全部口に出た。それを父親がへらへらと受け止める。

「らしくないったって世間がゲームをするなと言うのは風潮の話でしょ?僕は個人的な意見を述べてるの」

「はいはい」

「もー、真剣な話してるのにー」

すねた口調を装い、父親がテレビの向こう側、ベッドに横たわる主人公をひとさし指で指した。その指先で、とんとんと画面を叩く。

「こういうものはね、人の経験が縮小されている気がするんだ」

「…どういう事?」

「人間が物を作り出す際、現実に起こりうる事をまず念頭に置くだろう?その一番の参考は経験にもとずくから、ゲームをするって事は、これを作ったひと達の経験や見解を擬似的に遊べる事なのかもしれない」

途中までは真剣に聞いていたが、何時ものうんちくだと分かると早急にゲームへ意識を戻した。それでも、父親はべらべらと説明を続ける。

「幼い頃程、子供なのだからやれ勉強しろやれ本をたくさん読めというじゃないか、少なくとも、僕はその理が通るならゲームも差異はないと思うよ」

「変な事何時までも言ってないでお風呂入れてきてよ」

「もー、豪星君のいけずー」

俺、今ゲームで忙しいからよろしく。と、明らかな理不尽を押し付けると、残念そうな口ぶりで話を締めた父親が、空になった缶を持って立ち上がった。





一月も月末に差し掛かってくると世間の雰囲気が浮足立ってくる。約半月後に迎えるバレンタインの日に向けて女性と売り場と貰える男の一部がそわそわと期待を高め始めるからだ。

毎年その波には乗れず遠巻きに眺めていた豪星だったが、今年は猫汰が、そわっそわに浮かれしきりにその話題を口にするので意識をせざるを得なかった。

思うに朝からこんな様子だ。夢中も良い所だろう。

帰宅途中でも、頑張って作るから期待しててね!と、ざっと見積もって三十回は同じことを聞いている。

胃に優しければ何でもいいかな、というのが正直なところだ。

お父様とじろーちゃんの分も作るね!と、これも二十回くらい聞いている。その度、心中する時はこんな気分だろうかと物騒な事を考えた。

とりあえず、次郎の分は自分で食べよう。父親は?知るか自分で食え。

「そういえばねーお父様、詩織ちゃん、今度バレンタイン特化のお菓子講座開くんだってー」

家についた途端、父親を見つけた猫汰が楽し気に話かけた。その口元が若干にやついているのは気のせいだろうか。

「俺にこっそり教えてくれたんだけど、詩織ちゃん、ほんとはー、あげたいひとがー、いるんだってー?」

「…なんでソレを、僕に言うのかなー?猫ちゃん」

「ええー!?別にー!?」

うふふと微笑み踵を返すと、豪星の傍に座ってぎゅうと腕に抱き着き「大変だなー詩織ちゃんは」と、甘えた声で呟いた。

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