「あれ、龍児く…」

声を掛けようとしたが、襖がぴしゃりと開いたので口を噤んだ。

襖から現れた龍児は瞳を一杯に開いて豪星を凝視し、何故かぶるぶると肩を震わせていた。明らかに様子がおかしい。

背後の気配に気付いた須藤が振り返ろうとしたが、その前に思い切り踵を返した龍児がその場から走り出した。

「どうした龍児!?」と驚く須藤と豪星を置いて、龍児が走り出した方向からどたどた、ばん!とけたたましい音が鳴り響く。階段を駆け上り、戸口を思い切り締める音だ。

「りゅうじ!」

様子がおかしい龍児の事を心配した須藤が慌てて龍児を追いかけ、同じように豪星もその背に続いた。

二階に上って自分達の部屋に辿り着くと、その戸を開こうとして…がたん!と進入を阻まれた。どうやら中で棒か何かを挟まれたようだ。

「おい龍児!どうしたんだ返事しろ!」

自分の家の戸を須藤がばんばんと叩くが、向こうからはウンともスンとも返事が無かった。粗方叩いた所で戸から一歩足を引いた須藤が、顎を摩りながら「しかたねぇ」と呟く。

「おい豪星、部屋の窓はどうなってる」

「え?俺が出てきた時は開けっ放しになってましたけど…」

須藤が突然豪星の肩を掴んだ。ばしんと音がしてそれなりの痛みが豪星を襲う。須藤の顔は、その痛みの文句を言えない程に真剣だった。

「お前ちょっと屋根側から入って龍児の様子見てこい」

「ええ!?どうやって!?」

「梯子を出してやるから」

家に梯子がある。という事実に乗算して吃驚したが勿論そんな事はどうでもいい。

未知の恐怖は嫌だとぶんぶん首を振り、自分では無く須藤が昇ってくれと逆に頼んだが、睨み据えられてしまった。

「体重的に俺が下から支えてお前が昇った方が安定するんだよ、我慢しろ」

「我慢って…」

「龍児が中に閉じこもってる以上このままって訳にもいかんだろ」

「いやまぁ、そうですけど…」

結局はお前の腹を括れ、という事で押し通されてしまい、しぶしぶ豪星は頷くに至った。

一旦部屋を離れて庭に向かい、須藤だけが倉庫に行って件の梯子を取りに行く。

豪星も何かの機会で幾度か目にした事のある、オーソドックスなアルミ梯子を持って戻ってきた須藤が、それを器用に屋根にかけて「さあ乗れ」と豪星に促した。

今の気分を表現するならば、初めて自転車に乗せられた子供だ。

絶対に持っていてくださいねと、それこそ自転車のような念を押して豪星は漸く腹を括った。梯子に足をかけ、想像以上に揺れる階段をひぃと呻きながら昇っていく。

心臓を速めながらやっと最上階を踏むと、次いで何度か龍児と座った屋根瓦の上に到着する。足元が安定すると大分呼吸が楽になった。

若干の感動もそこそこに、下から須藤が「龍児はどうだ!」と叫んだ。その叫びを察して龍児が窓を閉めてしまわない内に慌てて豪星は窓に手をかけた。帰りも梯子とか冗談じゃない。昇るより怖いわ。

「龍児君!」

部屋に飛び込み名前を叫ぶと、部屋の隅、壁側を向いて座っていたらしい龍児が思い切りよく振り返った。一度戸の方に目をやってから窓を見て、しまった、みたいな顔を浮かべる。

豪星が間合いを詰めてしまう前に龍児は戸に向かったが、その向こう側から階段を駆け上る音が聞こえてきた。須藤がこちら側に向かってきたのだろう。

戸の開閉を邪魔していた棒を引っこ抜くと、物凄く丁度良く戸が開いた。

「おい龍児!どうしたんだ一体!」

ばたばたと畳みを蹴って須藤が龍児に詰め寄る。その影が龍児の身体に覆いかぶさった時、はじかれたように龍児が後ろを向いて蹲った。

先ほどと同じ体勢に戻った龍児に須藤がぎょっとして、同時に豪星もえ?と声を上げる。蹲った龍児から嗚咽が聞こえてきたからだ。

「龍児!?」

須藤が大変慌てた様子で蹲った龍児の背を撫でた。それでも、理由の分からぬ龍児の涙は止まらなかった。

小刻みに震えながら、時折「おれが」と小さく何事かを繰り返す。とりあえず、豪星も恐る恐る泣く友人の後ろに近づいた。

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