本気で嬉しそうに頬を染める猫汰が、はりきった様子で冊子の次のページを開き始める。

それをじっと見つめながら――――いまだに、意外過ぎる事実を噛みしめていた。

豪星が猫汰に簿記を教わる事になった切欠は、少し前に行われた試験結果が返された時だった。

父親が帰宅し、生活費にも困らなくなり、家事も次郎の世話もそこそこ負担にならなくなって来たのを機に、豪星は今回の試験を何時も以上に奮闘した。

実際、奮闘しただけあって中々手ごたえのある結果を得られて大変満足していた。のだが、その、薄く細い結果の紙を見てひとり拳を作っていた豪星の直ぐ傍で、猫汰がひらりと、自分の紙を教室の床に放り投げたのを見た。

教室中で誰もが結果に喜んだり、悶絶したりしている中、鞄にもましてや屑籠にもソレをいれず、まるでなかった事のように床に捨てた猫汰の姿がいやに気になって、こっそり、ソレを拾い上げた。

そして、目が飛び出るかと思った。何故なら、並べられた教科の下に書かれた数字が、事もあろうか1から3までしかなかったのだ。

豪星の学校はひと学年だけでも人が3桁いる。それなのに、猫汰の結果には2桁どころか3より下の数字が無い。名前を何度も確認したが、彼の間違えようのない名前しか、氏名の欄に書かれていなかった。

のんびり、ペットボトルのお茶を飲みながら外を眺めていた猫汰に恐る恐る、震える手でソレを渡し、これは一体どういう事かと率直に尋ねた。

彼は留年している為、他のクラスメイトよりも勉強に対し一年分の余裕があった、という理由をつけたとしても、ちょっとおかし過ぎる数字だ。聞きたくもなるだろう。

豪星が親切でソレを拾ってくれたのだと思ったらしい猫汰は、その行為に一頻りはしゃいだ後「一時期勉強にはまっててねー」と、まるでゲームをしていたんだ、みたいな風に答えた。

なんでも、遊びまくっていた時期があったらしく、その時遊び過ぎて遊びに飽き、次に勉強に手を出したらしい。

「中学くらいの時に遊びで大学試験の勉強までしてねー、それでもテキストが足りなくて検定とか資格とかの勉強もしまくって、で、その内それもあきちゃったー」

それ、飽きるような内容なのだろうか。そもそも、勉強そんなにできるならこの人こんな所に居ても意味なく無い?学生って勉強が仕事だよね?

いや、違うか。本人が言ってたな、俺の青春は恋とダーリンの為にあるって。つまり此処に居たとしても、端から勉強は彼にとって論外の事なのだ。

けどそれって、頑張って勉強した自分にとっては、彼にとって自分が当事者である事も相まって、ある意味馬鹿にされているような気分だ。あまりにも差があり過ぎて悔しくもならないけどさ。

たかが勉強、されど勉強に、少し複雑な気分を抱いていたが、ふと、猫汰の先ほどの言葉にぱっと顔が上がった。

「猫汰さん、検定って言ってましたけど簿記も受けました?」

「え?受けてはないけど大体出来るよ?」

「それって教えて貰う事ってできます!?」

「うん、出来ると思うけど」

「やった!教えてください!是非!」

簿記という、普通科目では受けない勉強と試験を、以前から受けたい受けたい、と思ってはいたが、何分同じことを考えている人間が周りにおらず、独学で学ぼうにも何をして良いのかさっぱりだったのだ。

講座でも受けに行きたいが受講料がどれくらいかかるのか、そもそも何処でやっているのかすら分からなかった所に渡りに船だ。

豪星の必死な懇願に、猫汰は頬を染めて二つ返事で頷いた。それから、放課後の今に至る。

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