学生活動を終えた放課後、豪星と猫汰は机を正面からひとつ反対に向け、向かい合って座った。机の上に複数の冊子を開き、その上をまず、豪星が指さす。
「これ、なんて読むんですか?」
冊子の一番初めに書かれている説明をなぞりながら尋ねると、猫汰が「これね」とその文字を同じく指で追った。
「貸し方と借り方って書いて、かしかた、かりかたって読むんだよ、仕事上の取引を交互に振り分ける為の名前だね」
「取引…、何だか難しそうですね」
眉を顰めて顔を上げた豪星の額に、猫汰が皺を伸ばす為手を伸ばした。くすくすと笑われる。
「そんな事ないよ、ダーリンだって毎日取引してる訳だし」
「え?そうなんですか?」
「ほら、ダーリンがお買い物に行って、チョコを一つ買うとするでしょ?これ、もう取引が成立してるのね」
「え?それだけで?」
「そう、売買は取引なんだよ、予め店側が商品に値段をつけて、それを棚に置いてお客さんに見てもらう、それを見た誰かが、その値段でその商品が欲しいと思って、持ってるお金と商品を交換すれば取引成立」
説明の途中、猫汰がスマホを取り出して画面を点灯させた。暫く弄った後、何かの動画を画面に映し、それを豪星に見せてくる。
画面の向こうでは、塗れた床、てかりを帯びる魚、汚れたエプロンを着込む男達ががやがやと喚き立てている姿が映っていた。
「お店で想像しにくいならこの魚市場の競りなんかを参考にしてみると良いよ、此処で起きてる買い手と売り手の魚の交渉が、店では間接的になってるって思えば何となくわかる?」
「…はい、なんとなく」
「まだなんとなくでいいよー」
頷いたと共に、騒がしい動画が猫汰の手によって消灯した。そのまま、スマホを机の脇に掛けられていた鞄にしまい込む。
戻した手で頬杖をついた猫汰が「けどダーリン」と、説明を中断させる。
「簿記が習いたいだなんて珍しいね、普通科なのに」
「ああ、はい、来年の2月に検定があるらしいので、2年の内に勉強していずれとっておきたいなって…、以前働いてたバイト先に居た事務さんが、高校卒業して直ぐ就職したいならとっておくと良いよって言ってて、ずっと気になってて」
「え?ダーリン卒業したら就職するの?」
「そのつもりです、俺本当は工業に行きたかったんですけど、高校試験の時調子が悪かった所為で本命校落ちちゃったんですよね、だから早目にこういうのとっておきたくって」
「そっかー!うんうん大丈夫だよ、就職なんて結局本人のやる気だしね!さーてまずは仕訳に入る前に簿記ってそもそも何かって所からだねー」
「すみません、無理を言って」
「いいの!ダーリンの為なら俺何でもするから!」
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