「ええと、さっきまで人が居たんですけど急用があるとの事でついさっき帰りました、散らかっていてすみません」
「いや、良いんだ、こちらも急に悪かったね」
悪かったね、という割にはクッションの上に座り始めたので暫く此処に居座る気のようだ。これはお茶を出さないといけないかな。
「お茶淹れますね」と奥に引っ込んだ豪星に「ああ、構わないでくれ」と詩織の声が後を追う。しかし足を立たせる気はないようだ。
暫くしてお茶を淹れ終えた豪星がソレを渡すと、詩織が「ありがとう」と言って受けとり、暫くして、今度は目に見えてうずうずした様子で豪星を見上げてきた。
心なしか熱っぽくなっているその目の形と見上げ方が弟である猫汰にそっくりで、流石兄弟だなと舌を巻く。
「その…豪星君、ずっと気になっていたんだが、君、ご家族は?」
「えーと、母は小さい時に他界してまして、今は父と暮らしています」
「………なんだと」
あっけらかんと語る豪星の身の上を、哀れである、という反応は全くせず、詩織は何故か「なんだと…」を繰り返した。しかも、どんどん声が大きくなっている気がする。
その内、すっと顔を上げると、先ほどまでの様子とは全く真逆の、いっそ不気味に思える位晴れやかな笑顔を浮かべ始めた。
「そうか、無礼な事を聞いてすまない、…ところで父親の名前は?」
「………えーと、中嶋五郎っていいます、俺のごの字は父親から貰いました」
名前を確認した瞬間、晴れやかな笑顔を真っ青に塗りつぶし、がっくりとその場に詩織が崩れ落ちた。
あまりにも見事に崩れたので慌てたが、直ぐ、体制を元に戻して「そうか」と残念そうにつぶやく。
「失礼した、私はこれで帰るよ、五郎さんに宜しく伝えておいてくれ」
「はぁ…承知しました」
存在しない五郎さんの挨拶を託した後詩織は立ち上がって颯爽と部屋を出て行った。ソレを玄関先まで見届けてから、部屋に向けて「かえったよー」と外に聞こえない位の声を響かせる。
途端、ばたばた!と、クローゼットの方から父親が出てくる音がした。中に戻ると、父親がラーメンのバケツを手に持ったまま肩で息をしていた。
「詩織ちゃんしつけぇぇえ!」
「ほんとに何やらかしてきたの?借金でもしてきた?」
「違う!!だから!たぶらかしちゃってから追いかけまわされてるんだって!」
「またその冗談?」
「だーかーらー!」
「失礼、豪星君、忘れ物をしてしまって」
まだ鍵をかけていない扉を開け、ひょっこり詩織が戻ってきた瞬間、父親が「さらば!」と叫んで奥の窓から飛び出した。
3秒程遅れてから、恐らく着地の仕方が悪かったらしい父親の、がらがらぐしゃぁ!!と中々派手な落下音が聞こえた。
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