「良いんじゃない?ほんとは見せびらかしたいんでしょ?」
「そういう問題じゃねぇよ、大体店の風評がだな…ああもういい、この話はこれまでだ」
そう言って、光貴が動かしていた手を止めて何かを豪星と猫汰の前に差しだしてきた。大きな黒い器にとろみのある汁が零れんばかりに入れてある。湯気が立っていかにも熱そうだ。
「これどうしたの?」と猫汰が尋ねると「新作のメニューだよ」と光貴が自信たっぷりに頷いた。
「暫く春弥が仕事で県外に行ってたんだけどな、そこで食ったって言う飯が美味そうで再現してみたんだ」
折角だし食べていけよと促され、ごくりと喉を鳴らした。パンケーキでは満腹には足りなかったので渡りに船だ。
一口啜って、あつ!と声を上げる。猫汰も隣で、もっと大きな声を出して舌を出していた。名前通り猫舌のようだ。
器の中では、熱気を帯びた薄味のあんに白く柔らかい物が混ざっていた。食べたことの無い食感の所為か、食材の検討が全くつかなかった。
「…あ、これ湯葉かな」
丁寧に冷ましながら口に運んでいると、中のあんと一緒に入っているものの正体を猫汰が突き止めた。なるほど、これが湯葉というものか、初めて食べた。
「そうそう、下は飯が入ってるんだよ、混ぜると美味いぞー」
スプーンで下を突くと確かに白米がぎっしり詰まっていた。少し掬って上と混ぜ、ひとくち食べるとまた別の食感が楽しめる。
汁物かと思いきや中々がっつりした料理だ。普段のご飯としても、大人ならお酒の締めとしても楽しめそうだ。
「これ美味しいです光貴さん」
「うん、いいんじゃない?」
同時に賛辞を贈ると光貴が満足げに笑った。その向こうで、突然「ああー!」と誰かが声を上げる。
三人で振り返ると、奥から戻ってきたらしい男が、抱えていた人参をぼろぼろと落としながら絶句していた。
「ひどい!」
また一声あげて光貴に詰め寄ると服の裾を思い切り掴んだ。光貴がうげぇ、と嫌そうな顔をする。
「それ初めに食べさせてくれるって言っただろ!なんで約束破るの!?」
「おいおい春弥、そんな事で目くじらたてんなよ…いいだろ別に」
「よくないよ!!恋人には真っ先に食わせたいだろって言ったの光貴さんだろ!」
衝撃発言のあと、「え」と呟いたのは豪星、「ばか!」と叫んだのは光貴、「あーあ」と笑ったのは猫汰だった。
…ええと、これを作ったのは光貴で、それを初めに食べる予定だったのは彼で、そもそもこれを真っ先に食べる予定だったのは恋人で。という事は。
「このふたり付き合ってるよ」
「…そうなんですね」
猫汰が答えをあっけらかんと言ったので、豪星はそのまま首を縦に振って頷いた。
あちゃあ、と片手で顔を隠した光貴が、もう片方の手で自分よりも高い所にある男の頭を思い切りはたく。
「痛いよ光貴さん!」と不服を申し立てる男の様子は、さながら躾けを食らう犬のようだった。
「自業自得だろ!大体な、お前が何時もそんな調子だから俺の店に不名誉な名前がついてんだぞ!?」
「知らないよ!」
「嘘つくな馬鹿野郎!何度も言わせて貰うがこちとらホモがやってる店とか風評被害だろ!二丁目じゃねーんだぞ此処!」
「事実だろ!」
「うるせぇ!プライベートと仕事は分けろって昔から言ってんだろ!」
ぎゃあぎゃあと目の前で喧嘩を始めた二人の会話の中、ふと、思う所があって手を上げた。
突然手を上げた豪星に驚いたらしい二人が、喧嘩を止めて視線を寄越してくる。それにこたえるため、豪星は口を開いた。
「光貴さん、…俺それ良く分かる」
「………」
3秒くらい光貴が唖然と口を開けてから、やがて「お前も苦労してるな…」と、豪星を憐み、それから、そっと視線を猫汰に移した。
光貴の視線を受けた猫汰は、手を頬にあてながら「なにが?」と、よく分から無さそうに首を傾げた。
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