「今は光貴さんのおてつだい兼召使だよ、だからサインは上げられません」

「…すみません」

見れば分かる筈なのについ先走ってしまった自分に肩を落としていると、とんとんと隣から腕を叩かれた。

落ち込んだまま振り返ると、ぶすっと唇を尖らせた猫汰がじと目で豪星を睨んでいた。

「ねぇダーリン、随分ハルの事好きみたいだけどどういう事?」

「いや、どうもこうも…」

あおはる、とは豪星が小学生の時に好きだった役者の芸名だ。その時彼は数々の旬ドラマの主演で、華々しくテレビ画面を彩っていた。

中々演技が上手くて、彼がドラマ中に決まり文句を言うたび当時の豪星は痺れるようなかっこよさを覚えたものだ。

けれど主演のドラマがことどとく振るわなかったらしく、彼の出番はそれから少しずつ減って行ったような覚えがある。

それでも彼が出演すると新聞で見かける度くまなく録画していた。彼の演技の仕方が自分なりに好きで、個人的にファンだったのだ。

暫くして熱は大分引いてしまったが、時折思い出しては新聞やドラマをチェックしていた、のだが、まさか辞めていたとは知らなかった。

大物にならなければ引退してもニュースにすらならないのかと、華々しい業界の見えない苦さを少し舐めた気がした。

そこまで説明した途端、余計に猫汰が拗ね始めた。今度は彼の方をじろりと睨んで「ダーリンが可愛いからっててぇだすなよハル」と脅しをかけ始める。

「いやいやいや、猫さんそれは無いからね?」

「どうだかねー」

「あれ?けど手を出すなって事は彼が例のダーリン?」

「そうだよ」

と、肯定しつつべったりとくっつかれる。わお、好きな芸能人(元)にもホモ認定されるのか俺。

てっきりどん引かれるかと思いきや、何故か彼がきらきらした目でこちらを見つめてきた。心なしか熱も籠っているような。

「凄い、ほんとに他にも居るんだホモカップル!」

「はい?」

「ねぇどっちが上なの!?ダーリン君!?良かったらいろいろ話をきかせ」

「おい春弥、ちょっと奥行って人参取ってこい」

「え?あ、はーい」

こちらに身を乗り出してきた男が何かを言い出す前に、それまで黙って調理をしていた光貴が男を顎でしゃくった。

男は素直に頷くと言われた通り奥に入り、それを見届けた光貴が「あのバカ…」と呟く。猫汰がにやにやと笑い出した。

「みつー、べつに隠すことないんじゃない?もう皆にばれてるじゃん」

「…せめて拡散を防ぎたいだろ」

苦虫をかみつぶしたような顔で光貴がため息をつく。それを更に猫汰が嗤った。

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