家に帰って再びゲームを再開すると、須藤が俺も混ぜろと言い出したのでハード機を居間へと下ろして第二次ゲーム大会を始めた。

起動したのはひとつのソフトなのに、三人でどらやきを頬張りながら遊んでいるとあっという間に時間が過ぎ、気づけば時計の時刻が夕方を指していた。

須藤に「晩飯も食っていけ」と誘われたが、昼に食べ過ぎた所為か直ぐに空腹を感じなかったので、また今度と丁重に断った。

そろそろ帰宅しようかと思い、その意思を見せると須藤と龍児がものすごーく、しぶしぶといった風にゲームを片付け始めた。あまりにあからさまな態度なので若干笑えてしまう。

「あ」

車のキーを須藤が手にしたところで豪星は唐突に声を上げた。虚を突かれた顔でこちらを振り向く須藤に「すみません」と断りを入れる。

「財布を上に忘れたみたいです、ちょっと取ってきますね」

「おー、ゆっくりでいいぞ、ゆっくりで」

「ははは、直ぐに戻りますよ」

冗談とも本気とも取れる呼びかけに苦笑してから二階の部屋に向かった。戸を開くと、お目当ての物がテレビの隣に落ちているのを見つける。

安堵しながらソレを拾い上げた時、テレビの隅で何かをぎゅっと踏みつけた。丸くした目で見下ろしたのはＡ４くらいの冊子の束だった。

龍児が漫画以外の冊子を部屋に積み上げるなんて珍しいなと、何となくソレを拾い上げ、そして、ソレの正体を見た時、余計に驚いた。

数学、国語、英語、…豪星も何時かに学んだ中学の教材一式だ。パラパラと中身をめくってみると、内容の一部に使いこまれた跡がある。

恐らく龍児がこれを勉強しているのであろう。そういえば、須藤も此処に来て直ぐ勉強がどうとか言っていたような。

「………」

不意に、ずっと口にしなかった疑問が豪星の頭を支配した。

豪星は夏休みを終える前に此処を出て元の生活に戻ったが、彼は、―――龍児は今、此処にどのような形でいるのか。

彼は家出をしていた筈だ、それなのに、教材が此処に詰まれているのは。龍児の元の生活は。彼が家出をした理由である、探し人の行方は結局。

口を開いて、そっと閉じる。代わりに、以前、遊園地に遊びに言った時に見せた彼の真っ白な顔が目に浮かんだ。

人並みの好奇心で踏み込んではいけない。龍児には、そんな気配が何処かで立ち込めている。

「…詮索する事じゃないよな」

ひとつ息を吐くと豪星は教材を元の場所に戻し、財布をしまって部屋を出た。





夕方と晩の間くらいの時間帯に送ってもらい、家に着いたのは７時くらいだった。部屋の鍵を空けて中に入ると、向こうでバラエティ番組を見ていた父親が「おかえりー」と首を傾けて顔を見せてきた。手にはワンカップの酒が握られている。その隣に豪星も座った。

「浮気はたのしかったー？」

「そんなんじゃないし」

変な言い方するなよと小突いてから「楽しかったよ、すごく」と付け足す。楽しかったの部分で父親がへらりと笑い、何故か「ごめんね」と謝ってきた。

「何に謝ってるの？」

「んー？今まで引っ越しばっかりで豪星君には色々苦労させちゃったからさ、友達の家に遊びに行って楽しかったなんて聞くと、なんかねー、嬉しいやら申し訳ないやらで」

「なんだ、父さんでもそんな風に思えるんだ」

「ひどいなー人を鬼のように、これでも気にしてたんだからねー？」

君とこんな話をするような歳になったんだね、と、豪星の頭を撫でる父親の顔をじっと見つめ、ふと細める。

「…それは中学の時の俺に言って欲しかったな」

ぽつりとつぶやくと、聞かせる気の無かった呟きに父親が目敏く「え？ごめんなんて言った？」と反応する。ふいと首を背けて「なんでもない」と話題を流した。

「それよりお土産貰ったから一緒に食べようよ、帰ってきたらお腹減ったよ俺」

「お、干物か良いねー、じゃあ僕はつまみにしようかな」

須藤から帰りがけに貰った干物を早速キッチンに持っていく父親の背をなんとなく眺めた後、豪星は机に目を戻し、おもむろに、父親が飲んでいた小さな酒を手に取った。

水面に自分の姿が映る。唇でソレを一口吸い上げると、自分の姿は波紋に飲まれてすぅと消えた。

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