豪星の幼少時の写真を「ぎゃあああ!」とか「ひぇぇえええ!」とか、大変な悲鳴を上げて堪能した後、「良い夢が見れそうな内に帰る!」と至極幸せそうな顔で猫汰は帰って行った。
ちゃっかり作っていった独創性満載の特製夕食を二人で分担しながら、ふと、豪星は先ほどの謎のお願いについて父親に言及した。すると、父親がまたか、みたいな顔を、豪星の前で斜めに傾ける。
「だからさ、何時も言ってるじゃないか、たぶらかしちゃった相手が洒落にならなくなっちゃったから逃げてきたんだって、引っ越しもその為にしてるんだって」
「またその冗談?聞き飽きたんだけど」
「どうして何時も信じてくれないのー?」
「父さんがそんなにもてる訳ないだろ」
空になった食器を横に避けながら父親の冗談を鼻で笑うと、父親があーあと苦笑して天井を見上げた。
「ほんっと、そういう所母さんにそっくりだよねぇ君」
言い切った後、少しだけ間をあけてから先ほど買ってきた煙草に火を点けた。吸って、ふう、と煙を吐く。上った煙が天井で一度分散し、音も無く消えた。
「あー、こりゃまた引っ越しだな…今度は詩織ちゃんか、まったく、しつこい相手はアイツ一人で充分だっていうのに…まぁいいや、丁度金置いてってくれたし、大金入れば合図だもんな、バレたら潮時って事で」
「ぶつぶつ言ってないで食べ終わったなら片づけてよ」
「へーい」
豪星の小言にへらへら笑い、携帯灰皿に吸ったばかりの煙草を押し当てた。その間にも豪星は食器を持てる分だけ集めて立ち上がりキッチンに向かう。
流しに向かった豪星の背中に突然強い風が当たった。丁度豪星の隣にあったカレンダーが勢いよく捲れ、同じ位置にすとんと戻る。
振り返ると、父親が開け放した窓を半分にしている様が見えた。視線をもとに戻してから、不意に横を向く。8月のままだったカレンダーを、片方の手を器用に空けて破り取る。
「もう9月か」と独り言ちる豪星の目の前には、季節の変わった数字と絵柄が行楽シーズンを模して、楽し気に並んでいた。
季節の代わり目をそれなりにあわただしく過ごしていたら、お暇させて頂いた日から結構経った後に須藤の家から連絡が入った。
そういえば遊びに行くように約束していたのでその催促かもしれないなと、気軽に出た豪星の予想を裏切り、須藤は大変苛立たし気な声で『お前は一体何時になったら遊びに来るんだ!』と叱りつけてきた。
…遊びに行くの忘れてたって叱りつけられる事だろうか、何だか不思議な違和感を感じる。
兎に角龍児が、ひいては沙世も俺もお前に会いたいんだとひっきりなしに言われるので、じゃあ次の休みに遊びに行きますと新たに約束をする事になった。
そのことを父親に告げると、何故かにやにやとした笑みを向けられる。
「どうぞいってらっしゃい、けどね豪星君、それ猫ちゃんに黙ってなよ?」
「え?なんで?」
偶々同席していなかった猫汰を指して、父親がいやらしい笑みを浮かべる。「だってさぁ」と、まるで話のつまみにするかのように、煙草を取り出した。
「聞いてる感じ、それ豪星君と歳の近い男の子いるんでしょ?しかも会いたいと来た」
「うん?」
「猫ちゃんと距離を置きたがった時に知り合った子なんでしょ?それ」
「……うーん」
この辺りで父親の言いたい事を察した。まさか、男友達だし、という常識は俺の彼氏には通用しない。
「…助言どうも、適当にごまかしておくよ、父さんもよろしく」
「あいよー」
相変わらずにやにや笑って頷く父親が、二本目の煙草を摘まんだ時「口裏合わせか、浮気の基本だね」と冗談では無い事を呟いたので、とりあえず思い切り脛を蹴っておいた。
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