「詩織ちゃんやめてよ!挨拶しておきたいだけだって言ったくせに!そんな事言うために来たなら帰って!」

「お前は黙ってろ」

猫汰が黙ったぞ。すげーなお兄さん。

「少年、君の真意を聞かせて貰おうか?」

「…………大変真剣にお付き合いさせて頂いております、どうか俺たちの仲を認めて下さい」

凄いぞ。不本意とはこのことだ。

「口だけなら何とでも言える、それに交際の認知を迫るのならまずは名を名乗れ」

「中嶋豪星と申します…」

「なかじま…?」

豪星が氏名を名乗った所で、不意に相手が目を見開きながら怯んだ。

少しずれた眼鏡を押し上げながら何事かをぶつぶつ呟いて、ふと顔を上げる。

「気が変わった、君が誠意を持って今後とも弟と付き合っていくと誓うのならば認めてやっても良い、…だからそんな恨めしそうな顔で僕を見るな、猫汰」

猫汰の兄が急に目線を円やかにさせ、それをスライドしてから苦笑した。

目線の先では口を3の字にした猫汰が、膝を抱えて恨めしげに自分の兄を見上げていた。

「ぶー、詩織ちゃんがダーリン嫌うなら俺、詩織ちゃんを嫌いになっちゃうからね?」

「分かったわかった、もういい、お前の好きにしろ」

「わあい、詩織ちゃん大好き」

ころり、とサイコロのように機嫌を変え甘える猫汰の頭を、男がよしよしと撫でる。二人ともご満悦そうだ。

「まったく、僕はほんとうにお前に甘いな、というわけで少年、弟をよろしく頼んだぞ、精々大事にしろ、この金は小遣いだ」

「も、もらえませ」

「何か言ったか?」

「何でも御座いません」

「そうかそうか、…再三言うが、弟を、宜しく頼んだぞ?」

「心得ました」

豪星がゆっくり、丁寧に、しっかり答えると、満足したのか男が初めて豪星の顔を見ながら笑みを作った。

その笑顔のまま立ち上がり豪星達を置いて扉へ向かう。その背に「もう言っちゃうの?」と猫汰が声を掛けた。

「ああ、これからまた仕事でね、何にせよお前の復学姿と婚約者君を伺いに来れて良かったよ、また来る」

「わかった、お仕事頑張ってねー」

笑顔で手を振り去って行った豪奢な男をその場で見送った後、猫汰がそそくさと手をつなぎ頬を染めた。

「えへへ!家族同士に認めてもらえるなんて、俺たちやっぱり結婚するしかないね!」

「あーははは、デスネー、…ところであの、猫汰さん、…俺が貴方と付き合った当初の理由は内密にお願いします」

「言わないよ!言ったら詩織ちゃん俺とダーリンに別れろって言うじゃん!」

おお、今だけ彼が天使に見えるぞ。多分3分後には何時も通り、また何かの要因で様変わりするんだろけど。

「そういえばお父様遅いねぇ、一緒に会えれば良かったのに、何処までタバコ買いにいったんだろう、…あ、俺ちょっとお茶淹れてくるね、詩織ちゃんにあげようとして忘れちゃってた、すこし渋くても良いかな?」

「普通ならなんでも…」

「ん?」

「いえなんでもありません、頂きます」

「はーい」

猫汰が再びキッチンに入りことことと食器の音を立てた、最中、ばん!!と窓を叩き付ける音が響いた。

吃驚して竦み上がっていると、直ぐ近くで「あっぶねぇ!!」という叫び声が聞こえてくる。

その叫び声は、父親の形を模して窓から飛び込んできた。ごろごろと派手に転がり、暫くしてぴたりと止まる。ぜいぜいと息を荒げる父親の様子はどう見ても尋常では無かった。

「うぉおおお!まじか猫ちゃんの兄貴って詩織ちゃんか!勘が鈍った!!」

「どうしたの?」

「どうしたの?」

豪星と、音を聞きつけた猫汰がキッチンから顔を覗かせて尋ねると、父親がびくりと震えた。素早く猫汰に振り返り「まだ居たの!?」と叫んで後ずさる。

「いましたけど、お父様どうしたの?」

「え、えーとえーと、どうしよっかなー…交際認めるとか言っちゃったしなー…えーと、その、猫ちゃん、お願いがあるんだけど」

「はい?なんですかー?」

「あのね、もし君のおにーちゃんに僕の事とか名前とか聞かれたら、知られないようにそれとなく誤魔化してくれないかな?」

訳の分からないお願いごとに豪星も猫汰も顔を見合わせたが、その内猫汰が口角を若干上げ父親に詰め寄った。「えー?なんで?どうして?」と、好奇心を隠さず問い質す。

その悪戯な顔に、父親が不意に何かを突きつけた。

「理由聞かずにおっけーしてくれたら豪星君の保育園の時の写真見せてあげる!」

「おっけー!!」

「おい」

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