時間を戻してくれと本気で思ったのはこれが初めてかもしれない。まだ、何も知らずに、親切心とお節介に葛藤していたあの時に俺を戻してくれ、後生だ、金は無いけどなんとかするから戻してくれ。
全校生徒の集まった始業式の最中、豪星はスピーチが交わされる舞台の上に目を離せないでいた。そこには、複数の大人と、つい先ほどまでしきりに話題にされていた「転入生」が立っている。紹介の為、舞台上に呼ばれているのだろう。
転入生は、長い髪を一つに結って甘い顔立ちを露わにした、女子が確かに色めき立つ程のイケメンだった。
隣に立っていた原野が忌々しそうな声で「ほんとにイケメンだな」と呟き、「なあ?」と豪星に同意を求める。
豪星は同性の顔にあまり悋気を覚えた事が無いので原野の嫉妬には同意しかねたが、しかし、豪星にとって、彼の顔は別の意味で問題だった。
何故なら、そのいかした顔立ちを、豪星の目は見慣れていたからだ。
「ご紹介いたします、転入生の神崎猫汰君です、彼は先日までお家の事情で遠方にいましたが、今季より皆さんと共に勉学を励む事となりました、それでは神崎君、ご挨拶をお願いします」
それまで、にこにこと笑い大人しくしていた猫汰だったが、教師からマイクを渡されると、それを突然床の上に放り投げた。
電源の入ったマイクが、床に着地した途端「ゴイン!!」とおかしな音を響かせた。転入生の容貌に、それまでざわざわと色めき立っていた館内がしんと静まりかえる。
猫汰は長い足をかつかつと前に進ませ檀上に立った。そして、檀上に設置されたマイクを豪快に手にとると、その電源を片手で入れ。
「だーーーりーーーーん!!きたよーーー!」
マイクの音量で、思い切り叫んだ。辺りが更にしんとなる。豪星は踵を返していた。この場から早く逃げ出さねばならないと今更判断したからだ。
しかしそれが却って檀上から目立ってしまったらしく、猫汰が檀上のマイクも放り捨て、ひらりと舞台から飛び降り生徒の郡に近づいた。
なんとかの十戒のように生徒の列が割れ、一人だけ背を向ける豪星がその場で剥き出しになってしまう。原野が隣で、「どうした豪星、腹痛いの?」と、思い切り場違いな事を言い出した。
割れた生徒の間を駆け抜け、猫汰が豪星に近づいていく、3メートル、2メートル、1メートル。
あ、もう駄目だ。
「だぁりぃいいん!!俺転入してきたよぉおお!!これで一緒の学校に通えるね!!」
「はいどうもこんにちは、ところで猫汰さん、貴方俺のひとつ上でしたよね?」
「だいじょーぶ!ちゃんと留年扱いにしてもらったから!」
左様ですか。あなたなら目的の為に何の躊躇いも無くやりそうですね。
ぎゅうぎゅうと抱き着いていた猫汰がふと顔を上げ、ぐったりとしている豪星を引きずって未だ割れている生徒の真ん中を突っ切っていく。
舞台の下にまで辿り着くと、捨てたマイクを拾い上げ、ついでに豪星も拾い上げて横抱きにした。人一人抱えたまま、器用にマイクを掲げて「おいてめぇら!」と叫ぶ。
「彼は俺のダーリンで彼氏で結婚を約束した大事な人です!だ、か、ら、色目も手出しもゆるさねぇからよろしくな!!」
わお。凄い啖呵だ。
甘い声と聞いたことも無いような低い声を交互に使い分けて宣言する猫汰の腕の中で、豪星は涙目になりながら、俺の高校生活はある意味を持って死んだなと、絶望的に考えた。
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