ここ暫くを振り返ってみると、大変、この一言に尽きるだろう。

親が再び蒸発し、飼い犬を食べさせる為に自分が倒れ、イケメンと付き合う事になってから農家に従事した、などと、数ヶ月で起こるべき事では無いなと、取り出した制服に腕を通しながら考えた。

父親と適当に朝飯を食べた後、次郎の世話を任せて豪星は外に出た。

夏休みの終わりを遂げた外の景色は、未だ残暑らしく暑苦しい。けれど、少しずつだが色が変わってきている様子が伺える。夏の名残など、あついあついと文句を言っている内に過ぎ去っていくのだろう。

とりあえず、季節が落ち着くのと同時に豪星の環境もこのまま落ち着く所まで落ち着いてくれる事を切に願った。流石に、これ以上何事か起きてしまっては身が持たない気がする。

「おーい、豪星!」

「…ああ、原野、久しぶり」

歩いて数十分、久しぶりに潜る校門でクラスメイトの原野と鉢合った。彼女とたくさん遊んだのか、休み以前よりも肌が焼け、大分垢抜けた印象になっている。

原野と夏休みの出来事を喋りながら教室に向かうと、入口のところで不思議な感覚に見舞われた。教室全体の熱気がやたらと高い。

休みが明けて、久しぶりに顔を合わせる友達とはしゃいでいる、にしては少し行き過ぎた感じだ。

いち早く異変に反応した原野が、丁度教室の隅で固まっていた女子の一人を捕まえて事情を聴き出し始めた。

暫く話し込んだ後、原野が白けた顔で豪星の元に戻ってくる。どうしたのと聞けば、矢張り白けた声で「ああ?ただの転入生だよ」

「は?転入生?」

「そうそう、クラスの女子が職員室で見たんだってよ、すげーイケメンらしいって、学年の色見たら同年らしくて、それでさっきから女子の間で盛り上がってるんだよ」

「ああ、それで…」

女好きの原野は白けた訳か。よくよく教室を見渡すと、女子は浮足立っているが、男共は誰ひとりとしてその話題に興味を示していない。

しかし転入生がこんな時期に入るとは珍しい事もあったものだ。と、思いつつも、自分も経験があるなぁと苦笑した。

中途半端な時期に新しい環境に入り込むのは色々な大変を背負うものだ。さまざまなずれや違いが自分を襲うのは何時だって避けられないし、閉鎖空間では逃げ場も無い。

豪星も変化に適応できるようになるまで色々と苦労したものだ。そんな事を考えていると、時期外れの転入生にふと情が湧いた。

流石にわざわざ会いに行く気はないが、もし同じクラスになって、もし昔の豪星みたいに困っていたら声でもかけてみようかなと、ちょっとした先輩心で鞄を畳んでいると、急に窓際から「きゃあ!」と明るい悲鳴が上がった。

「いまみた!?」と、窓際にたむろしていた女子達が口ぐちに声を囃し立てる。

また原野が近づいてきて豪星に耳打ちした。どうやら件の転入生が窓の下を通り過ぎて行ったらしい。女子達があれだけ色めき立つ程、転入生とやらは噂通り素晴らしい顔立ちの持ち主らしい。

そんな人なら声など掛けてもおせっかいかなと、親切心を砕きかけたが、実際、見てみないと分からないよなと、一人首を振った。

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