「あれ?猫汰さん今日は用事があるって言ってませんでした?」
「そうなんだけど早目に終わったからきちゃったー!ご飯つくるね?」
「ね、猫ちゃん…!」
早速昼ご飯を作るという、彼氏…彼女?ぶりを発揮する猫汰に父親がとんでもなく引いた声を上げた。多分、この前あわ、もとい猫汰の料理を食わせたのが効いているのだろう。
最近は猫汰が来る昼時や夕飯時を狙ってパチンコ屋に逃亡していたが、今日は油断していたらしい。
「あれ?ご飯先に食べちゃったの?要らなかったかな?」
机に残った卵かけごはんの残骸を見た猫汰が昼ご飯の有無を訪ねてきた。その瞬間、父親がセーフ!という顔を浮かべたのを見逃さなかった。
「…ご、ごめんねぇ猫ちゃん、猫ちゃんが来るってしらなくて、折角作りに来てくれたのにほんっとごめんね」
「良いんですよぉ、おやつのケーキ焼きますから!」
「ちょっとタバコ買ってくる!」
あ、また逃げたな。交際を認めた癖に息子の彼氏の手作りが食えないなどとしようがない父親だ。
出掛けて行った父親を「はーい」と見送った猫汰が、直ぐにこちらに向かっていそいそと豪星にひっついた。
一度豪星が姿を晦ませてから、猫汰は豪星に密着する率が増えて行った。別に嫌って訳じゃないから良いんだけれど、ちょっと暑い。
「だーりんだーりん」
必要の無い程たくさん繰り返し呼ばれて、その都度はいはいと受け答えをする。振れば鳴る鈴を一玉ずつ確認するような掛け合いを猫汰は好むので、答える側も身の無い口数が増えるばかりだ。
「ねぇダーリン、離れてると寂しいねぇ」
「そうですね」
そうでもないけどそうですと答える。これもはいはいの一つ。
「おとーさまに鍵取られちゃった時は悲しくて仕方なかったけど…けどさ、よくよく考えたらこれはこれで素敵かな?」
「と、言いますと?」
「離れた時間が愛を育む!」
「はぁ」
こういう意見を聞くたびに、この人は屹度本当の意味で落ち込む事は少ないんじゃないかなと考える。良い事なんだけれど、それ自体に巻き込まれている豪星にはなんだかな、という気分だ。
「それにねぇ、ダーリンが頑張って俺の為に悩んでくれた間、俺だって別に何もしてなかったわけじゃないよ?」
「どういう意味ですか?」
「ふふ、まだないしょ!」
含み笑いを零しながら、ぎゅうと片腕に強くしがみつかれる。すりすりと頬を擦り付けて「だーりん」と猫汰が甘い声を零した。
「もう勝手にどこかいっちゃやだよ?俺、寂しくてしんじゃうかと思ったんだから」
「はぁ」
「俺、ダーリンともう、なるべく離れないもんね」
一瞬だけ、屈んだまま怪しげな目つきで豪星を見上げた。不意にドキリとしたが、次の瞬間にはとろけた何時もの表情に戻る。甘菓子のようなその顔で、猫汰がゴロリと、猫のように喉を鳴らした。
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